20世紀を代表するフランスの画家、アンリ・マティス(1869-1954)。フォーヴィスムの中心人物としてパリで頭角を現し、後半生の大半を過ごしたニースでは熱心に「切り紙絵」を制作しました。
ニース市マティス美術館の所蔵作品を中心に、マティスの「切り紙絵」に焦点をあてた展覧会が、国立新美術館で開催中です。
国立新美術館「マティス 自由なフォルム」会場入口
展覧会のSection 1「色彩の道」は、マティス初期の作品です。マティスはフランス北部、ノール県のル・カトー=カンブレジ生まれ。当初は故郷の法律事務所で働いていましたが、療養中に母親から絵具箱を買い与えられたことを契機に、画家の道に進みました。
パリの国立美術学校で学び、南フランスのトゥールーズやコルシカ島に滞在して光の表現を探求。この頃の作品は、後のマティスのイメージとはだいぶ異なります。
(左から)アンリ・マティス《フヌイエの家》1898年 ニース市マティス美術館 / 《レ・グルグ》1898年 ニース市マティス美術館 / 《風車小屋の中庭、アジャクシオ》1898年 ニース市マティス美術館 いずれも© Succession H. Matisse
Section 2は「アトリエ」。マティスは1917年のニース滞在をきっかけに、この地で制作を進めるようになります。
ニースではいくつかの場所にアトリエを構えたほか、1938年には高台にあるオテル・レジナのアトリエに、花瓶、テキスタイル、家具調度など膨大なオブジェを飾り、頻繁に絵画を制作しました。
(左から)アンリ・マティス《小さなピアニスト、青い服》1924年 ニース市マティス美術館 / 《赤い小箱のあるオダリスク》1927年 ニース市マティス美術館 いずれも© Succession H. Matisse
Section 3は「舞台装置から大型装飾へ」。1919年、バレエ・リュスによるバレエ「ナイチンゲールの歌」の舞台装置と衣装の制作の依頼を受けたマティスは、パリのギメ美術館などに足を運び、中国やペルシア、インド美術から構想した衣装をつくっています。
(左端)《「ナイチンゲールの歌」の機械仕掛けのナイチンゲールのための衣装》1999年 モンテカルロ・バレエ団 / (左から二番目)《「ナイチンゲールの歌」の日本の匠のための衣装》1999年 モンテカルロ・バレエ団 / (左から三番目と奥)《「ナイチンゲールの歌」の皇帝のための衣装》1999年 モンテカルロ・バレエ団 / (右端)《「ナイチンゲールの歌」の侍従のための衣装》1999年 モンテカルロ・バレエ団
1930年から33年にかけて、マティスは実業家でコレクターのアルバート・C・バーンズから注文を受けた、壁画「ダンス」の制作に没頭。
巨大なこの作品を制作するにあたり、マティスは色を塗った紙片を組み合わせて構図を調整。この経験が、後の「切り紙絵」による作品に繋がります。
Section 3「舞台装置から大型装飾へ」展示風景 © Succession H. Matisse
Section 4「自由なフォルム」は、展覧会のメインといえるSectionです。1947年、マティスは切り紙絵を基にしたステンシルによる図版20点と、手書きのテキストで構成される書物『ジャズ』を刊行。通し番号ついた250部と、私家版20部、計270部が制作されました。
『ジャズ』は当初は『サーカス』というタイトルで構想されていたこともあり、サーカスに関連する主題が約半数を占めています。
『ジャズ』(1947年刊行) ニース市マティス美術館 © Succession H. Matisse
そして、4.1×8.7メートルという巨大な作品《花と果実》が登場。マティスの切り紙絵の作品の中でも最も巨大な部類に入る作品で、ニース市マティス美術館ではメインホールで来場者を迎えるように展示されています。
5枚のカンヴァスを繋げて構成したタペストリーのような作品で、本展のために2021年に大規模な修復が行われ、初来日となりました
アンリ・マティス《花と果実》1952-1953年 ニース市マティス美術館 © Succession H. Matisse
Section 5の「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」も見応えたっぷりです。マティスは1948年から1951年にかけての4年間、ヴァンスのロザリオ礼拝堂の建設に情熱を注ぎました。室内装飾をはじめ、典礼用の調度品や祭服まで、マティスはデザインのほとんどを指揮しています。
Section 5「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」展示風景 © Succession H. Matisse
展覧会の最後には、そのヴァンスのロザリオ礼拝堂の内部空間も再現されました。
ステンドグラスの窓から透過する光は、3つの図像が黒で描かれた白い陶板の壁面や床面に、豊かな色彩が反映されるように設計されています。
会場では24時間を3分で追体験。ステンドグラスを透過して内部に差し込む色のある光まで体感できる、楽しい展示空間です。
「ヴァンスのロザリオ礼拝堂(内部空間の再現)」
60年以上に渡ってさまざまな表現に挑戦したマティスが、最後に到達したのが「切り紙絵」。アシスタントに色を塗ってもらった紙をハサミで切り抜き、それらを組み合わせることで、マティスならではの活き活きとした構図の作品を作っていきました。
昨年も東京都美術館で大規模な「マティス展」が開催されましたが、切り紙絵に焦点を当てたマティス展は日本で初めて。会場はSection 4の《花と果実》の部屋以降は撮影もOKです。巡回はなく、国立新美術館だけでの開催です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年2月13日 ]