豊田市美術館で「未完の始まり-未来のヴンダーカンマー」展が始まりました。
「ヴンダーカンマー」とは、世界中のあらゆる美しいもの、珍しいものを集めた部屋のことで、15世紀にヨーロッパの王侯貴族の間で始まりました。「ヴンダーカンマー」は、現在の博物館や美術館の原型とされ、膨大なコレクションで知られる大英博物館も、ある貴族の「ヴンダーカンマー」の収集品がルーツにあります。
展示室入口
本展は、国際的に活躍する5人の現代美術作家による現代の「ヴンダーカンマー」です。彼らは、歴史や資料を調査・収集し、現代のテクノロジーも利用しながら、時空を超えた作品世界を提示します。それでは、順番に作品を見ていきましょう。
ガブリエル・リコ
《[ピタゴラスからペンローズへ(野うさぎ)]》を見ると、作品の下側にナイフを持つウサギがいます。右手の木の枝を上にたどると、鹿の角につながり、その角にはバドミントンの羽根が引っかかっています。さて、これはどのような場面なのでしょうか。
ガブリエル・リコ From Pythagoras to Penrose (Hare)[ピタゴラスから ペンローズへ(野ウサギ)]2019年 タグチ・アートコレクション蔵
まず、ナイフを持ったウサギを見たとき、暴力性や事件性を背景にした作品かもしれないと思いましたが、羽根を見て、作品の印象が変わりました。これはバドミントンをしているウサギがミスショットをし、羽根を鹿の角に引っ掛けたので、枝を切って羽根を落とそうとしている場面かもしれません。どちらにせよ、作家は見る人に複数のストーリーを想像させる仕掛けをして、ミス・リードを誘っていると思います。
《[頭のなかで最も甘美な]》を見ると、4人の人物がたき火を囲む場面のように見えます。ですが、頭のかたちは4人とも別々の物体です。手足がソーセージのような人もいるし、靴を履いていない人もいます。4人がどのような会話をしているのか、あるいは無言なのか、いろいろな疑問が湧き出てきて、見ていると不安になってきます。
ガブリエル・リコ With sweetness amongst the brains[頭のなかでもっとも甘美な]2021年 Courtesy of the Artist
タウス・マハチェヴァ
《リングロード》は、大きな三角形の山の模型のような作品です。隣に契約書が置かれていて、サインすると作品をもらえるそうです。契約書を読むと、代金以外にもたくさんの契約事項があり、簡単には契約条件を満たせそうにありません。小林一茶の「名月をとってくれろと泣く子かな」の句を思い出しました。どなたか、この作品をもらい受けてくれる方はいませんか。
タウス・マハチェヴァ 2018、2019、2020、2021年 展示風景
《セレンディピティの採掘》は、かわいらしいアクセサリーとその制作過程の映像のセットです。説明を読むと、このアクセサリーには、ちょっと変わった効能があるようです。実際に着用することができるので、興味のある方は試してください。効能を発揮できれば、魔法使いか、錬金術師のような気分になると思います。
タウス・マハチェヴァ 2020、2021年 展示風景
田村友一朗
《TiOS》は、頭上で回転するキラキラした円盤、大量の白い砂を盛り上げた池(?)、銀色のライトボックスと平らではない長椅子(?)、六角形のトンネルと、その中の映像で構成されています。
田村友一郎 TiOS 2024年 展示風景
この作品には、どのようなストーリーが秘められているでしょうか。映像を見るとヒントがあるので、まずはヒントなしで作品を鑑賞してください。
田村友一郎 TiOS 2024年 展示風景
全体を見終わると、数百万年の時間旅行をしたような気分になります。この作品にも、鑑賞者のミス・リードを誘う仕掛けがあります。あれこれ空想しながら、作家の手の内から脱出してみてください。
田村友一郎 TiOS 2024年 展示風景
リウ・チュアン
《リチウムの湖とポリフォニーの島Ⅱ》は、オムニバス形式の長編映像作品です。作品の背景設定には、SF小説の「三体」が参照されています。小説のほうは、宇宙のはるか彼方から、宇宙人が地球を侵略するというストーリーですが、フィクションなのに本当に事件が起きそうな予感がします。
リウ・チュアン リチウムの湖とポリフォニーの島Ⅱ 2023年Courtesy of the Artist
映像を見ていると、先ほど見ていた《TiOS》のナレーションが、かなりの音量で聞こえてくる場面があります。音量調整の不調かなと思いましたが、そこにはちゃんとした理由があります。みなさんも、その理由を考えてみてください。ヒントは作品のタイトルにあります。
リウ・チュアン リチウムの湖とポリフォニーの島Ⅱ 2023年Courtesy of the Artist
《リチウムの湖とポリフォニーの島Ⅱ》を見終わると、美術の映像作品を見たというより、世界史の講義をみっちりと受けたような気分になります。この作品は、映像の美しさと構成のち密さが秀逸で、本展の出品作品の中で一番印象に残りました。
リウ・チュアン リチウムの湖とポリフォニーの島Ⅱ 2023年Courtesy of the Artist
年
ヤン・ヴォー
展示室の中に大きな木の柵が置かれています。展示室入口とは反対側に柵の入口があり、作品は柵の内側から鑑賞するようです。柵の内側の壁面には、たくさんの美しい花の写真が掛けられています。また、花に囲まれ、脚部だけの石像も置かれています。不思議な取り合わせに、とても強い違和感を覚えます。
ヤン・ヴォー 無題 2023年
ヤン・ヴォー Take My Breath Away 2017年
この作品も、これまでの作品のように多層的な構成を持っています。花の写真は、作家の家の庭の花と、摘まれて街の花屋に並べられた花を撮影したもので、言わば日常です。
一方、違和感の原因である脚部の彫刻の作品名は《Take My Breath Away》です。和訳すると「息をのむような、ため息が出るような」という意味ですが、1986年に公開されたアメリカの戦争アクション映画「トップガン」の挿入歌のタイトルでもあります。
さらに、花の写真の額にも伏線があります。かつてアメリカがヴェトナム戦争を戦っていた時期の国防長官の名前はロバート・マクナマラです。額は、その息子の農園で育った胡桃の木で作られています。さらに、作家のヤン・ヴォーは、ヴェトナムの出身です。
ヤン・ヴォー 《無題》 2023年
ここまで見てくると、この作品は美しい花の写真どころではなく、もっと別の意味を込められた、きわめて非日常的な背景を抱えた作品と言えるのではないでしょうか。
本展の5人の作家はそれぞれの出自と地域の歴史をひもとき、再構築した独自の作品世界を見せてくれます。共通しているのは、作品の解釈には画一的な正解があるわけではなく、様々なレベルのミス・リードを許容することで、より多くの人々の共感を呼び起こす可能性を見せていることだと思います。
今春、豊田市美術館のお隣に「豊田市博物館」(設計:坂茂)がオープンします。それに合わせ、本展では普段の展覧会よりも広い観点から作品を選んだようです。 「ヴンダーカンマー」にルーツを持つ美術館と博物館が、それぞれ独自性を出しつつ、協奏的で多様な展覧会を展開してくれることを期待します。
最後に、本レポートを作成するにあたり、豊田市美術館ガイドボランティアのTMさんから、とても楽しい話をお聞きしました。この場を借りて、お礼申し上げます。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2024年1月19日 ]
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