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    レポート
    深掘り! 浮世絵の見方
    太田記念美術館 | 東京都
    描かれているもの以外にも注目しながら、浮世絵の見方を深掘りする展覧会
    裏側から見て摺師の分担を発見。太田記念美術館ならではのマニア向け解説
    山型に蔦の葉は大河ドラマで注目を集める蔦屋重三郎の印。覚えてください

    絵師だけでなく版元、彫師、摺師がチームになって制作される浮世絵版画。どうしても絵師の画力に注目が集まりますが、彫りや摺りのテクニックや、絵の中の文字など、描かれているもの以外にも目を向けると、さらに深く浮世絵を楽しむことができます。

    まずは押さえておきたい初歩的な視点から、マニア向けの超ディープな視点まで、浮世絵の見方を深掘りする展覧会が太田記念美術館で開催中です。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」展示風景
    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」展示風景


    展覧会は第1章「深掘り!グレート・ウェーブ」から。「グレート・ウェーブ」は、もちろん葛飾北斎《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》のこと。誰もが知っている名品を軸に、浮世絵の魅力を探ります。

    歌川国芳は北斎よりも下の世代です。国芳の《高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目》を見ると、波に翻弄される船の様子や藍色の使い方に、北斎からの影響が感じられます。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 歌川国芳《高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目》天保中期(1835-39)
    歌川国芳《高祖御一代略図 佐州流刑角田波題目》天保中期(1835-39)


    「グレート・ウェーブ」そのものも紹介されています。「まるでハイスピードカメラで撮影したよう」といわれる北斎の波。よく見ると、崩れ落ちそうな波とせりあがっていく波が描かれており、北斎はさまざまな波の動きを組み合わせて、迫力ある絵を構成していることが分かります。

    鑑賞のポイントは、作品に添えられたパネルでも詳しく解説されています。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 葛飾北斎《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》天保元~2年頃(c.1830-31) 左下は見どころの解説パネル
    葛飾北斎《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》天保元~2年頃(c.1830-31) 左下は見どころの解説パネル


    展覧会では珍しく、板木も紹介されています。浮世絵版画は山桜の板を用いることが一般的。今回は、アダチ版画研究所の職人が手彫りした、現代の板木を展示しています。

    板木は1つの色に1枚使われるのが基本ですが、離れた場所の色は1枚の板木にまとめられるなど、貴重な材料を無駄遣いしない工夫もなされています。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 板木の展示 手前は「主版(輪郭線)」
    板木の展示 手前は「主版(輪郭線)」


    第2章は「深掘り!浮世絵版画の作り方」。絵師が描いた絵を元に、彫師が木の板を彫り、摺師が絵具を紙に摺る浮世絵版画。制作の過程で作られた画稿や版下絵などはほとんど残っていませんが、ここでは貴重な資料が紹介されています。

    下絵を元に清書した決定稿が「版下絵」です。彫師は版下絵を板木に貼り付け、紙ごと板を彫っていきます。この版下絵が残っているのは、制作が取り止めになったのか、これを元に新たな版下絵が制作されたと思われます。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 歌川国貞・二代歌川国網《池辺納凉図(版下絵)》文久頃(c.1861-64)
    歌川国貞・二代歌川国網《池辺納凉図(版下絵)》文久頃(c.1861-64)


    第3章は「深掘り!浮世絵の「線」」。浮世絵に限らず日本の絵画では、線はとても重要な要素です。浮世絵版画は凸版印刷のため、彫師は細い線の部分を残して、その外側を彫るという、極めて高いテクニックが求められます。

    なかでも注目は、髪の生え際。江戸時代には、髪の生え際は女性の美しさのポイントのひとつでした。浮世絵版画の美人画では、彫師が異常なまでの心血を注いだ作品もあります。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より (手前)喜多川歌麿《五人美人愛敬競 兵庫屋花妻》寛政7〜8年頃(c.1795-96)
    (手前)喜多川歌麿《五人美人愛敬競 兵庫屋花妻》寛政7〜8年頃(c.1795-96)


    第4章は「深掘り!摺りの違い」。印刷物である浮世絵版画は、同じ作品がたくさん存在しますが、摺られた順番で線や色、形などに違いが見られることがあります。

    会場に並ぶ歌川広重《名所江戸百景 亀戸天神境内》を見ると、左側の作品は、太鼓橋の下に見える空の色を間違えているという、大きなミスがあります。右側の作品では修正されています。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より (左右とも)歌川広重《名所江戸百景 亀戸天神境内》安政3年(1856)7月
    (左右とも)歌川広重《名所江戸百景 亀戸天神境内》安政3年(1856)7月


    第5章「深掘り!浮世絵の「端」」は、かなりマニアック。描かれているものではなく、画面の端の部分から浮世絵版画を深堀りしていきます。

    小さなサイズの「四つ切判」は、小さな版で摺られるのではなく、4点分の作品がまとめて摺られます。通常は摺った後に裁断されますが、稀に裁断される前の状態で残っていることもあり、裁断の目安になる補助線が確認できます。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 歌川広重《近江八景 堅田落雁 石山秋月 三井晚鐘 矢橋㷌帆》天保14~弘化2年(1843~45)
    歌川広重《近江八景 堅田落雁 石山秋月 三井晚鐘 矢橋㷌帆》天保14~弘化2年(1843~45)


    本展で一番興味深かったのは、この作品。3枚続の浮世絵はしばしばありますが、裏からみることで、絵師は同じでも摺師は3人が分担していることを突き止めました。

    裏にはバレンの跡が残っており「力を入れずに回すように摺る」「力を入れて回すように摺る」「力を入れて縦に斜めに摺る」という異なった摺り方だったため、3人による分担と推測できます。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 歌川広重《東都本郷月之光景》嘉永2~5年(1849-52)
    歌川広重《東都本郷月之光景》嘉永2~5年(1849-52)


    第6章は「深掘り!浮世絵の文字」。題名や、絵師や彫師のサイン、版(出版社)の名前など、浮世絵にはさまざまな文字が記されています。

    山型に蔦の葉のマークは、喜多川歌麿や東洲斎写楽をプロデュースした版元、蔦屋重三郎の印です。蔦屋重三郎は2025年のNHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」で取り上げられるので(演:横浜流星)、この印はぜひ覚えておいてください。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 喜多川歌麿《若那屋内しら玉》寬政5年頃(c.1793)
    喜多川歌麿《若那屋内しら玉》寬政5年頃(c.1793)


    最後の第7章は「深掘り!江戸の暮らし」。浮世絵には江戸時代の庶民たちの暮らしが描かれることもあり、特に大判3枚続など大型の作品を隅々まで見ると、さまざまな江戸の暮らしを読み取ることもできます。

    歌川国貞の《今様見立士農工商 商人》は、浮世絵版画を販売する版元の店先を描いた作品。描かれている版元は「名所江戸百景」を刊行した魚屋栄吉で、実は左上にある桜並木の作品は今回の展覧会でも展示されています。ぜひ探してみてください。


    太田記念美術館「深掘り! 浮世絵の見方」会場より 歌川国貞(三代豊国)《今様見立士農工商 商人》安政4年(1857)8月
    歌川国貞(三代豊国)《今様見立士農工商 商人》安政4年(1857)8月


    もちろん浮世絵初心者も楽しめますが、マニアならより堪能できる企画です。裏側からの解析に至っては、名探偵コナンばりの洞察力。さすがは太田記念美術館です。

    [ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年11月30日 ]

    葛飾北斎《諸国瀧廻り 和州吉野義経馬洗滝》天保4年頃(c.1833) ※右は裏面
    歌川国芳《太平記英勇伝 丗一 勇士左馬之助光晴》弘化4~嘉永3年(1847-50)
    会場
    太田記念美術館
    会期
    2023年12月1日(金)〜12月24日(日)
    会期終了
    開館時間
    10:30~17:30(入館17:00まで)
    休館日
    月曜日(祝日の場合開館し翌日休館)、年末年始、展示替え期間
    住所
    〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10
    電話 050-5541-8600(ハローダイヤル)
    公式サイト http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/exhibition/fukabori
    料金
    一般 1000円
    大高生 700円
    中学生(15歳)以下 無料
    展覧会詳細 深掘り! 浮世絵の見方 詳細情報
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