愛知県美術館で「生誕120年 安井仲治」展が始まりました。安井仲治(1903-1942)は、戦前に関西で活躍したアマチュア写真家です。10代半ばで写真をはじめ、ストレートフォトグラフィ、フォトモンタージュ、スナップなど、多くの写真の技法、スタイルに取り組みました。
以前、名古屋市美術館で安井の大規模な展覧会があり、初めて見た安井の作品に、ずいぶんと驚いたことを覚えています。本展では、戦災を免れた貴重なヴィンテージプリント約140点を含む、200点以上の作品で、安井の作品世界を振り返ります。
展覧会の垂幕
展示室を入ってすぐのコーナーに、カメラと撮影風景の資料があります。カメラ好きの方にはおなじみの「ライカ」を、安井は使用していたようです。また、撮影風景を見ると、メンバーは同じような帽子をかぶっており、遺跡発掘中の考古学者か、路上観察中のパフォーマンスグループのようにも見えます。
ライカと撮影風景
安井の初期(1920年代)の作品は、風景や人物を対象にした、少しもやがかかったような作風が特徴です。
展示風景
1930年代になると、多種多様な安井の表現を見て取れる作品が出てきます。あるものは、静物のクローズアップ、あるいは社会問題に関するスナップなどです。
展示風景 静物のある風景
画面にとらえられているのは「蛾」です。逆光により、コントラストが強調され、モノクロ写真の特徴が生かされていると思います。作品の右脇に、資料としてコンタクトシートも出ていて、見比べると面白いです。
展示風景 都市への眼差し
右側の作品は群衆の様子を全体的にとらえ、中央の作品は人物の表情をクローズアップし、左側の作品は人物の顔と鉄塔の一部をモンタージュしています。撮影対象との距離感や、中心的な興味の対象の違いが読み取れて面白いです。
シュルレアリスムの影響を見て取れる作品もあります。動物の骨格や、乾燥した植物、見ただけではよくわからないものまで、安井の興味の幅広さを示していると思います。 展示されている資料の一部に、検閲のため切り取られた跡が残るものがあります。1930年代から1940年代の日本の社会情勢を示しています。
展示風景 夢幻と不条理の沃野
出口に近い一角に《流氓ユダヤ》シリーズが展示されています。ヨーロッパの戦火を逃れ、神戸に一時避難していた人々を取材した作品です。
展示風景 夢幻と不条理の沃野(流氓ユダヤ)
どの作品も背景がほとんど映り込んでおらず、画面から時代や場所を特定する手掛かりがありません。別の見方をすれば、時代や場所を限定せず、困難な状況にある人々の様子をポートレートで表現しているように思えます。
安井の作品をまとめて鑑賞するのは、久しぶりですが、相変わらず、見る人を驚かせてくれる作家だと思います。
コレクション展
安井仲治展と同時開催のコレクション展にも、注目の作品が出ています。冒頭の「正方形」のコーナーでは、クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》にちなみ、正方形の作品が集められています。展覧会で見る作品の形状は、風景画だと横長の長方形が多く、人物画だと縦長の長方形が多いです。今回、正方形に注目して選んだため抽象的な作品が多くなり、とても人工的な印象を受けます。
展示風景 コレクション展「正方形」
正面の百瀬寿の《Square-NE XIV:Twelve Stripes E》は、グラデーションがとてもきれいです。また、手前の多和圭三の《泉-想-》は、表面のザラザラ感と床に落ちたシルエットが印象的です。今回は、抽象作品ばかり展示されていると想像してしまいますが、正方形型の具象的な絵もあるため、どのような作品が展示されているか比較してみると面白いと思います。
「ぷくぷくときらきら」のコーナーも面白いです。「ぷくぷくときらきら」と聞いて、絵本か童話のタイトルにありそうな、やさしいネーミングだなと思いました。
展示風景 コレクション展 「ぷくぷくときらきら」
天井から吊り下げられているものは、碓井ゆいの《ガラスの中で》です。床に写った丸いシルエットの重なり方がきれいです。よく見ると、ゆっくりと回転しているようです。
左側の壁面の志賀理江子の作品と、右側の壁面の米田知子も丸いものを画面の中央に写しており、なにやら大きな4つの目で見つめられているようです。
他にも「「名品」はどこから来たのか?」のコーナーでは、作品が美術館に収蔵される前にどのような経緯をたどったのか、詳しく説明されています。特にヨーロッパの戦渦の影響を強く受けた作品の説明を読むと、驚くことばかりです。
先に鑑賞した安井仲治展の《流氓ユダヤ》の背景と重なるところが多く、安井が活躍した時代には、とても困難な社会情勢が横たわっていたと思います。
[ 取材・撮影・文:ひろ.すぎやま / 2023年10月5日 ]
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