金沢市を拠点に活動する金工作家・重要無形文化財「 彫金」 保持者(人間国宝)、中川衛(1947-)。松下電工(現パナソニック)で美容家電製品などのデザインに携わった後、帰郷して工芸家に転身。複数の金属を用いる「重ね象嵌」を極め、その創作は高く評価されています。
中川の初期の象嵌作品から最新作まで辿るとともに、プロダクトデザイン、加賀象嵌の名品、現代アーティストとのコラボ作品など約130点を紹介する展覧会が、パナソニック汐留美術館で開催中です。
パナソニック汐留美術館「中川 衛 美しき金工とデザイン」会場入口
中川衛は金沢市生まれ。金沢美術工芸大学では工業デザインを専攻、戦後に日本の大学で工業デザイン教育を推進した平野拓夫の指導を受け、プロダクトデザインの基礎を学びました。
卒業後は松下電工株式会社(現パナソニック)に就職し、工業デザイナーとして歩みを始めました。
(右)中川衛《課題制作「レンダリング(ポスターカラー)」》1968年頃
中川は大阪の松下電工本社に勤務。美容家電製品などのデザインに携わりました
男性用電気シェーバーの本体部位とアダプターを構想した《メンズシェーバー デザイン画》は、中川の会社員時代の仕事を示す貴重な資料です。
中川衛《メンズシェーバー デザイン画》1970年代
後に松下電工を退社した中川は、帰郷して石川県工業試験場に勤務。石川県立美術館で観た江戸時代の鐙で加賀象嵌に魅了されて、彫金家の高橋介州に入門、工芸家として活動していきます。
《加賀象嵌花器「ナイルの詩」》は、中川が修業を始めて間もない頃の作品です。幾何学的な多面体に線象嵌による絵画的な表現で、「まだ金属の名前をよく知らない時に作った」といいます。
(左手前)中川衛《加賀象嵌花器「ナイルの詩」》1980年
《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》は、大英博物館のキュレーターから「象嵌でチェック柄を表現してはどうか」と勧められたことをきっかけに制作した作品です。
キャラメルボックスから着想したかたちの器に、金、銀、赤銅、並四分一、上四分一、白四分一など多重象嵌で交差を表現しました。 清潔でモダンな仕上がりは、中川の円熟期を代表的する作品の一つです。
(左手前)中川衛《象嵌朧銀花器「チェックと市松」》2017 金沢市立安江金箔工芸館
《象嵌朧銀孔雀伏香炉》は、孔雀という典雅な主題ですが、形態を抽象化することにより、シャープな雰囲気を出しています。
羽の模様は銅・赤銅・金の多重象嵌による表現です。
中川衛《象嵌朧銀孔雀伏香炉》2017年
展覧会の最後は、金属工芸の現在とこれからを考えた構成です。中川は今日まで、母校の金沢美術工芸大学などで後進の育成に尽力しています。
会場には中川の作品とともに、次代を担う作家たちの作品も紹介。前田真知子は現在、中川衛の助手を務めている作家です。
(上段左から)中川衛《象嵌朧銀花器「花模様」》2022年 / 中川衛《象嵌朧銀花器「NY. 7:00 O'Clock」》2022年 / 中川衛《象嵌朧銀花器「一」》2021年 / (下段左から)笠松加葉《朧銀象嵌花器「森羅万象」》2023年 / 前田真知子《象嵌香合「静寂」》2023年 / 前田真知子《象嵌香合「柳鷺」》2023年
2022年、中川は文化庁の伝統工芸超分野交流事業の一環で、レディー・ガガの靴で知られる舘鼻則孝と共作、MOA美術館で展示しました。
両者の解釈が共鳴しあう、新たな境地といえる活動です。
(左から)中川衛、舘鼻則孝《Heel-less Shoes "Downtown I"》2022年 / 中川衛、舘鼻則孝《Heel-less Shoes "波と遊ぶ"》2023年
「工芸も工業デザインも創作の展開は同じである」と語る中川。デザイナーとしての制作手法を生かしながら、現代的な象嵌の作風を築いていきました。
まさに、パナソニック汐留美術館で開催するに相応しい展覧会。精緻を極めた技術の粋を、ご堪能ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年7月14日 ]