真っ青な空に白い雲が一つ。その下に得体の知れない物体がうごめいている。西欧の祭壇画を模して3連画に仕立てた「VisionⅡ」。オランダの画家ヒエロニムス・ボスの幻想絵画を彷彿とさせるともいわれる横尾龍彦の絵だ。今、横尾の日本の美術館で初めての回顧展が神奈川県立近代美術館葉山で開かれている。
美術館外観
《VisionⅡ》 1981年
横尾龍彦は1928年、福岡県福岡市生まれ。戦後間もなくの苦しい生活の中、東京美術学校で日本画を学んだ。この頃キリスト教に出会い、1965年に渡欧、以後ヨーロッパで個展を多数開催した。その後日本とヨーロッパを何回か行き来し、東西文化の影響を受け独自の画風を開いた。今回の展覧会は横尾の1960年から亡くなる直前の2014年までの作品およそ90点を5章の章立てで紹介、その全貌に迫っている。
中でも初めてヨーロッパへ渡った直後の1965年から70年代に残した聖書や神話に根差した作品は、人物の顔や姿、野獣などが異様な光景として薄暗い背景をバックに緻密に描かれたシュールリアリズム的な絵画だ。「地獄絵の画家」などとも評されたともいわれ、日本人離れした画風に多くの人が驚かされたという。
《エゼキエルの幻視》 1966年
《香煙》 1960年代後半
《幽谷》 1971年代 北九州市立美術館
《愚者の旅》 1975年 北九州市立美術館
1976年、日本に戻った横尾は神奈川県逗子市にアトリエを構え4年間を過ごす。この時期に始まった「青の時代」シリーズの代表作が、冒頭に紹介した3連祭壇画「VisionⅡ」である。それまでの異形の姿で描かれていた人物などは消え、明るい青空と混とんとした地上の対比を印象的に描いている。
実はこの時、横尾に大きな影響を与えたのが禅の思想だったという。1985年に再び渡欧しドイツを拠点に活動する横尾の画風は現代美術の影響も受け大きく変化。書をおもわせる筆の使い方や色数の少ない絵の具で独自の抽象絵画を多く描く。たっぷりとした絵の具を使い一気に円を描いた「円相図」や「華」などは禅の悟りの境地を描いたともいわれる代表的な作品だ。
《円相》 1992年
《華》 1995年
1990年代末「自分が描くのではない。水が描く、風が描く、土が描く」と自ら語っていたというが、偶然性を取り入れた描き方がより強調されていく。今回の展覧会では2001年ベルリンの街角で撮影された公開制作の様子がビデオで紹介されている。
制作に入る前、瞑想し無心になり自らの内に創造性を蓄えてから筆を動かしたという横尾の姿。こうして描かれた絵画からは、それまで大きな影響を与えていたというキリスト教や禅の思想はもはや感じることができない。代表作の一つ一辺が2メートルを超えるような大きな絵画「風」。眺めていると何か大きな物に包まれ、瞑想の世界に誘われているかのようだ。
《風》 2001年 北九州市立美術館
「青の時代」に描かれた祭壇画風の作品「VisionⅡ」。この作品に並んで「黙示録」と題された2点が展示されている。澄んだ青空の下、黒い塊の中に人間の顔や手足がかろうじて見いだされる。横尾は晩年この絵について「透明な明るい空と地上の殺戮の記憶(戦争の悲惨)」と語っている。若い頃、戦争の時代を生き、ヨーロッパと日本を行き来して様々な思想と出会い創作活動をした横尾龍彦。
パンデミックと戦争、そして大災害・・・この不安な時代にこそ向き合ってみたい絵ではないかとも思った。
《黙示録より》 1976年
《黙示録 ゴグとマゴグ》 1977年 北九州市立美術館
展示風景
※北九州市立美術館と記したもの以外はすべて個人蔵
[ 取材・撮影・文:小平信行 / 2023年2月13日 ]
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