江戸時代後期の京都を代表する陶工・画家の木米(もくべい:1767~1833)。30代から陶器、50代後半からは絵画にも力を注ぎ、その創作は当時の文人たちの憧れでした。
木米が天保4年(1833)に亡くなってから、今年でちょうど190年。個性あふれる作品を一堂に集めた展覧会が、サントリー美術館で開催中です。
サントリー美術館「没後190年 木米」会場入口
展覧会は第1章「文人・木米、やきものに遊ぶ」から。若い頃から古器物の鑑賞を好むなど、文人としての修養を積んだ木米。自ら望んで陶業を始めると、古陶磁から着想し、独自の視点で構成したやきものを次々に生み出していきました。
会場の入口でシンボル的に展示されているのが、重要文化財《染付龍濤文提重》です。中国に古くからある木製の堤重「堤盒」のかたちを、やきもので作った作品で、角や縁には釉の欠けがありますが、古染付の「虫喰い」を模して、焼いた後にわざと加工したという見方もあります。
重要文化財 木米《染付龍濤文提重》江戸時代 19世紀 東京国立博物館
《鉄釉茄子形土瓶》は、室町時代後期の茶人・粟田口善輔が愛用していたという「茄子の形の手取釜」を写した土瓶です。
金属でできた釜を、陶器で写した木米。自由で大胆な創作は、木米ならではの個性と力強さを感じさせます。
(右手前)木米《鉄釉茄子形土瓶》江戸時代 19世紀 個人蔵
《金襴手百老図輪花鉢》は、色もかたちも華やかな鉢です。花形の見込を七つに区切り、内側には儒教・道教・仏教の主題が混在した場面を描画。外側面には十六羅漢が描かれており、鉢全体で三教の一致を表しているとも言われています。
(手前)木米《金襴手百老図輪花鉢》江戸時代 19世紀 出光美術館
白泥の一文字炉は、木米が亡くなる前年に、37歳年下の詩人・岩崎鷗雨から依頼されたものです。円形の風門からは、袖の中に手を隠し、微笑む二体の美人像が見られます。風門上方の「煙霞幽賞」は、自然の景色を静かに深く楽しむ、という意味でしょうか。
(手前2点)木米《白泥煙霞幽賞銘一文字炉・炉座・交趾釉鳳凰文急須》天保3年(1832)出光美術館
第2章「文人・木米、煎茶を愛す」は、木米の煎茶器について。江戸時代・18世紀の半ばに、売茶翁が移動茶店で煎茶をすすめたことから、煎茶は文人たちに大きな影響を与え、人々に広まっていきました。
写真では分かりにくいですが、《白泥詩文子母方炉》は2段重ね。上段に下段が寸分の隙間なく格納される、非常に精巧な造りです。
下段正面には半月形の風門が設けられ、炉身の四側面には、北宋・陳襄の茶詩《古霊山試茶歌》を伸びやかに彫刻。木米の「遊び」は、煎茶器にも遺憾なく発揮されています。
(手前から)木米《白泥詩文子母方炉》江戸時代 19世紀 / 木米《白泥詩文合離炉》江戸時代 19世紀 ともに個人蔵
第3章は「文人・木米と愉快な仲間たち」。木米は、画家の田能村竹田、儒学者の頼山陽、僧の雲華、蘭方医の小石元瑞など、当代一流の文人と親しく交友しました。
文政5年(1822)秋、木米は幸運にも、中国製の古硯を相次いで入手。前者を姉、後者を妹になぞらえて「姉妹硯」と命名し、愛玩しました。翌年、料亭に友人を招き「姉妹硯」のお披露目会を開いたと伝わります。
「姉妹硯」に附属する冊子には、友人6名と木米自身が「姉妹硯」のために草した文章や漢詩が収録されています。
(左から)《龍馬負図硯 端溪石》明時代末期~清時代初期 17世紀 静嘉堂文庫美術館 / 《蓬莱硯 洮河緑石》明時代 15~16世紀 静嘉堂文庫美術館 /頼山陽、松本愚山、雲華、小石元瑞、安田放庵か、中島棕隠、木米《「姉妹硯」 題跋》江戸時代 19世紀 静嘉堂文庫美術館[展示期間中に頁替]
最後の第4章は「文人・木米、絵にも遊ぶ」。木米が描いた絵画で制作年の判明する作品は、50代後半以降に集中しています。主題の大半は山水図で、「為書」すなわち誰かの為に描いた作品が多いことは特徴といえます。
《嵐山行楽図》は、煎茶家・花月菴鶴翁とともに花見と煎茶を楽しんだ思い出を、鶴翁のために描いたもの。《重嶂飛泉図》は画家・池大雅の霊前に備えるために描いた作品です。
(左から)木米《嵐山行楽図》文政8年(1825) / 木米《重嶂飛泉図》江戸時代 19世紀 静嘉堂文庫美術館[展示期間:ともに2/8~2/27]
木米のエピソードとして興味深いのが、亡くなる際に遺したという壮大な遺言。田能村竹田によると「これまでに集めた各地の陶土をこね合わせ、その中に私の亡骸を入れて窯で焼き、山中に埋めて欲しい。長い年月の後、私を理解してくれる者が、それを掘り起こしてくれるのを待つ」と語ったそうです。
陶土に包まれた亡骸を掘り起こすまでもなく、愛され続けている木米の陶磁や絵画。貴重な個人蔵をはじめ、国内数多くの美術館から作品が揃った展覧会ですが、巡回はなく、サントリー美術館だけでの開催です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年2月7日 ]