三井記念美術館が誇る逸品、国宝《雪松図屏風》。江戸時代中期に活躍した円山応挙の代表作で、ほぼ毎年、この時期に公開されています。
《雪松図屏風》は、その写実性に光があたる事が多いのですが、本展ではその祝祭性に注目しました。「おめでたい絵画」を集めた展覧会が、同館で開催中です。
三井記念美術館「国宝 雪松図と吉祥づくし」会場入口
第1章「富貴の華」では、中国で最も美しい色と香りを持つ「国色天香」として貴族たちに好まれた牡丹の世界を紹介。牡丹は吉祥イメージを付加されながら、東アジアに伝播していきました。
《孔雀卵香合 了々斎好》は、和歌山城内の御庭で飼われていた孔雀の卵を縦に二分し、内側に朱漆塗地に牡丹を時絵で描いたもの。紀州徳川家10代藩主徳川治宝から、北三井家6代の高祐が拝領しました。
《孔雀卵香合 了々斎好》江戸時代 19世紀
派手な色遣いが目を引く花入《交趾写牡丹唐草文尊形花入》は、胴の部分が牡丹獅子文で埋め尽くされています。牡丹唐草文は首や口まで続き、くびれた部分には、葉や新芽に似た形の突起が付いています。
長く伸びることで子孫繁栄を象徴する蔓草と、冨貴をあらわす牡丹を組み合わせた牡丹唐草は、現在でも多くの調度品や染織などに見られます。
《交趾写牡丹唐草文尊形花入》永樂得全作 明治時代 19世紀
第2章は「長寿と多子」。お待ちかねの国宝《雪松図屏風》は、ここに登場します。キラキラ輝く雪景色を金泥や砂子で表現した、応挙の傑作です。
医療が未発達な近代以前は、長寿や子宝に恵まれることは、現代以上に切実な願いでした。《雪松図屏風》の制作経緯をめぐっては、男児の誕生を契機とする説が唱えられたこともありましたが、未だ真相は解明されていません。
国宝《雪松図屏風》円山応挙筆 江戸時代 18世紀
並んで展示されている4幅は、清時代の画家・沈南蘋による作品。写生的な花鳥画は、応挙や伊藤若冲らにも大きな影響を与えました。
描かれているのは左から、多子と子孫繁栄を象徴するツル性植物、長寿のイメージを持つライチ、同じく長寿の寓意がこめられた寿帯鳥、そしてこちらも長寿の象徴である鹿、です。
(左から)《栗鼠瓜図》沈南蘋 清時代・乾隆15年(1750) / 《白鸚鵡図》沈南蘋 清時代・18世紀 / 《枇杷寿帯図》沈南蘋 清時代・18世紀 / 《双鹿過澗図》沈南蘋 清時代・18世紀
第3章は「瑞鳥のすがた」。長寿の象徴として親しまれる鶴、めでたいことの起こる前に姿を現すという鳳凰、夫婦円満の縁起物であるキジ、疫病除けの玩具「みみずく達磨」など、鳥にもおめでたいイメージが託されたものが数多く挙げられます。
《宝相華文蒔絵二重手箱》は唐花、飛鳥、蝶などが表されたデザイン性豊かな手箱。規則的な文様構成など、正倉院宝物に倣ったものと考えられます。
《宝相華文蒔絵二重手箱》象彦(西村彦兵衛)製 明治~昭和時代 19~20世紀
雌雄のキジをかたどった《色絵雉子香炉》は香炉です。
キジは『万葉集』の大伴家持の和歌「春の野に あさる雉(きぎす)の妻恋に 己があたりを 人に知れつつ」から、夫婦円満の縁起物「妻恋鳥」としてのイメージが付されてきました。
《色絵雉子香炉》永樂妙全 明治~大正時代 20世紀
展示室6は小さな展示室ですが、いつも可愛らしい作品が紹介されています。今回は吉祥イメージの香合が並びます。
《螺鈿柘榴香合》は、螺鈿で拓榴と鳥を表した香合。柘榴が子孫繁栄、多子を象徴するのは、種が多いから。日本では安産の神様である鬼子母神が持つ吉祥果でもあります。
《螺鈿柘榴香合》18~19世紀
最後の第4章「福神来臨」は七福神について。正月が近づくとテレビCMや年賀状などで目にする機会が増える七福神は、17世紀頃に現在の7名で固まったとされています。中でも商売繁盛に結び付く大黒天の恵比寿は、商家である三井家にとって重視されてきました。
こちらの大黒天図は、北三井家の初代・三井高利の遺品である頭巾・十徳・足袋を納めた、箱の蓋裏に描かれたもの。高利は商家としての三井家の基礎を築いた人物で、同家の人々や奉公人にとって尊崇の対象でした。
《大黒天図(三井高利遺品 頭巾・十徳・足袋箱蓋)》(伝)尾形光琳 江戸時代 17~18世紀
最後にご紹介するのは、とても豪華な衣装です。
全面に七賢人や唐子のほか、鶴・亀・獅子・象などの動物や、松・竹などの様々な吉祥的モチーフが刺繍によって埋め尽くされた、珍しい逸品です。
《刺繍七賢人模様厚板唐織》明治時代 19世紀
いかにも新年に相応しい展覧会です。おごそかな気分で、お楽しみいただけます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年11月30日 ]
※作品はすべて三井記念美術館蔵