オランダの現代美術を代表するアーティストの1人、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ(1962-)。20年以上に渡り、映像作品や映像インスタレーションを発表しているファン・オルデンボルフを紹介する日本初の展覧会が、東京ではじまりました。
東京都現代美術館
ファン・オルデンボルフはオランダ・ロッテルダム生まれ。近年は、2017年にヴェネチア・ビエンナーレのオランダ館代表を務めたほか、2016年のあいちトリエンナーレでの出展など数々の国際展にも参加しています。
彼女の作品の特徴として挙げられるのが、シナリオを設定せずにあるテーマについて人々が対話していく形。キャストやクルーとして参加する人々の対話の過程で鑑賞者との思考の“交差”が生まれていきます。会場では、初期作品や代表的な映像作品、新作までの6点を展示しています。
会場風景
入口でヘッドフォンを受け取った後、順路のない会場内は自由に鑑賞することができます。
初期の作品では、他人の行為をどのように表現するか実験的に制作された作品を展示。演じているのではなく、素のままを表現している登場人物たち。撮影した素材をもとに構造を組み立て編集を行うプロセスは非常に大切なもので、テキストやイメージ、音など複数の体験をまとめる映像の制作に面白さを感じているとファン・オルデンボルフは語ります。
《マウリッツ・スクリプト》 2006年
ファン・オルデンボルフの映像制作では、音楽、映画、詩、建築、絵画といった芸術実践やその歴史も要素として多く取り上げられています。
ポーランド語で「キャスト」を意味する《オブサダ》では、今日でも男性優位と言える映像の世界に飛び込んだ女性たちを紹介。ジェンダー不平等の問題やこれからの変化に対する希望について、女性たちが共に撮影を進めながら率直な言葉を交わしていきます。
《obsada/オブサダ》 2021年
本展に合わせ東京と横浜で撮影された新作《彼女たちの》は、主に1920年代から1940年代にかけて活躍した女性の文筆家をテーマにしたものです。ファン・オルデンボルフが関心を抱いた林芙美子(1903~1951)と宮本百合子(1899~1951)から、女性の社会的地位や性愛、戦争といった問題に切り込んだテキストを取りあげ、それらが今日の社会のどのような側面を映し出すかを探ります。
《彼女たちの》 2022年
共産主義への傾倒を深め、戦後の共産党の活動が差異化された際には社会運動や執筆活動を精力的に取り組んだ宮本百合子。 一方「放浪記」で知られる林芙美子は、自分の経験に基づいて生々しい自身の性や身体について発信。愛とは何かを自分の願望や眼差しを作品に入れ、多くの女性の共感も得ました。
フィクションもノンフィクションも執筆し、ともに1951年に夭逝したという共通点を持ちながら社会的、政治的な役割は全く異なる方向に働いた2人。映像作品とともに、会場内では居心地の良い書斎をイメージしたスタディルームもあり、参考図書でも理解を深めることができます。
会場風景
2019年に制作された《ふたつの石》では、1930年代初期にソビエト連邦で活動した女性2人の職業について考察します。ドイツ人建築家ロッテ・スタム=ベーゼは、女性として初めてバウハウスに所属し、戦後はオランダで活躍をします。南米・ガイアナ出身の活動家ヘルミナ・ハウスヴァウトは、人種差別のある中をロシアで過ごし、ロッテルダムの差別的な住宅政策にも異を唱えました。
ウクライナのキーウとオランダのロッテルダムの建築物で撮影されたこの作品。2つのサウンドトラックをぶつけながら2つの都市、2人の理想とそれらの間の不協和音について、それぞれの地で現在活動する建築家や住民らが形り合います。
《ふたつの石》 2019年
会場では映像作品のほかに作品同士の対話を意識してつくられた構造物にも注目です。また、会期中には交えたギャラリートークや読書会などの関連プログラムも開催予定です。
展覧会場にて ウェンデリン・ファン・オルデンボルフさん
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2022年11月11日 ]