日本を代表するリアリズム画家のひとり、野田弘志さんの大回顧展が姫路市立美術館で開催中です。北海道のアトリエで制作に没頭し、86歳を迎える今日も現役画家として写実画壇をけん引し続けている野田さんの最初期から近年に至るまでの作品が年代順に紹介されています。
《白い風景》1962年 油彩、カンヴァス 豊橋市美術博物館蔵
まず迎えてくれるのは東京藝術大学在学中での作品。現在の写実作風とは全く異なる作品に、学生時代に彼自身が画風を模索していたことがわかります。そのほか、高校・予備校時代の作品もあり、若いころの野田さんは当時どんな将来を思い描いていたのだろうと思いを巡らせます。
『パーゴルフ』表紙 1969-75年 印刷物 作家蔵
初公開となる作品 《My Minitopia My Minica ’70》(三菱自動車ポスター) 1970年 印刷物 個人蔵
卒業後には、広告会社でイラストレーターとして活躍。今まであまり紹介されていない、その時代のイラスト原画や印刷物が多数展示されています。写真かと勘違いしてしまいそうな『パーゴルフ』表紙に、メルヘンタッチな子供向けイラスト、官能的な女性を描いたものなど、仕事の幅広さに驚かされます。
《独楽》1974年 油彩、カンヴァス 豊橋市美術博物館蔵
多忙を極め、大病を患ってしまう野田さんは、初個展が成功したことも契機となり画業一本に専念することを決めます。画業初期には、黒を背景に対象を細密に描き込んだ静物画が多く、通称「黒の時代」と呼ばれています。背景の黒色は質感の違いにより色々な表情をみせ、黒という色にも魅せられると同時に、描かれているモチーフには存在感の強さを感じます。
展示風景(第3章 挿絵芸術―新聞連載小説『湿原』―)
展示風景(第3章 挿画芸術―新聞連載小説『湿原』―)
本展の見どころの1つは、第3章「挿画芸術~新聞連載小説『湿原』~」でしょう。1983年5月から2年10ヶ月にわたり朝日新聞の連載小説の挿画を担当したことで、野田さんは一躍有名になります。小説に沿うのではなく、独自の世界を描くことを条件としてこの仕事を受けます。
作家 加賀乙彦とともに小説の舞台・北海道への取材、また身近な風景、草花、日用品のスケッチなどを基に、小さな画面は大きな世界を広げていきます。
《雨》[第62回連載] 1983年 鉛筆、紙 個人蔵
制作した全628点は大半が散りうせていたのですが、本展開催にあたり、150点の所在を追跡。同館では約130点(展示替えでののべ数)が会している事実も見る気持ちを一層高揚させてくれます。
当時、新聞でこれらを見ていた人は、挿画とわかっていただろうかと思うほど。モノクロゆえか、より想像力が刺激され、この小説を読んでみようとも思わせます。
《TOKIJIKU(非時)Ⅶ Pyramid》1992年 油彩、カンヴァス 一番星画廊蔵
《THE-9》2003-04年 油彩、カンヴァス 姫路市立美術館蔵
骨や化石、裸婦を描き死生観を表現した「TOKIJIKU(非時)」「THE」シリーズ、そして近年の「聖なるもの」「崇高なるもの」まで大きな作品には圧倒されます。等身大で描かれた人物は、血の通う生身の人間のよう。見ているつもりが、逆に自分自身を見透かされているような気になっていきます。
《聖なるもの THE-Ⅳ》2013年 油彩、カンヴァス ホキ美術館蔵
展示風景(第5章 存在の崇高を描く―聖なるものシリーズ/崇高なるものシリーズ―)
野田さんは、どのモチーフを前にしても、ひたすらに見つめ描くことで「存る」こと、存在そのものを突き詰めようとしています。すべてのものの存在、命を画面越しに感じるからでしょうか。ピンと張りつめた空気が会場全体を包み、鑑賞者は、息をのむように絵画と向き合います。その緊張感が今ここにいる自分を感じさせてもくれるます。
巡回する4会場ごとにデザインの異なる本展ポスターはグラフィックデザイナー松永真さんによるもの。
本展は、同館終了後は奈良県立美術館、札幌芸術の森美術館へ予定しています。(山口県立美術館はすでに終了。)
姫路市立美術館外観。後ろには姫路城
[ 取材・撮影・文:カワタユカリ / 2022年7月12日 ]
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