特撮美術監督の井上泰幸(1922-2012)。1954年のゴジラからキャリアを重ね、ラドン、ウルトラQ、日本海大海戦、日本沈没など、数々の作品でデザイナー/特撮美術監督として活躍しました。
今年でちょうど生誕100年、その功績を俯瞰する大規模な展覧会が、東京都現代美術館で開催中です。
東京都現代美術館「生誕100年 特撮美術監督 井上泰幸展」会場入口
会場は時代順の構成です。井上は福岡県古賀市生まれ。戦時中は海軍に召集され、機銃掃射により左膝から下を失うという災難に見舞われました。
帰国後は紆余曲折を経て、日大藝術学部で学んだ井上。在学中から新東宝の撮影所に出入りし、後にアルバイトとして働きはじめました。
井上は1955年に結婚。妻の玲子は後にアルミ彫刻家になり、生涯にわたって井上と協働しました。
「1922-1953 特撮美術への道」 右手前は日本大学藝術学部入試課題の水彩画
1954年には東宝へ出向して「ゴジラ」の特撮に携わることになり、そのまま「特撮の神様」こと円谷英二が率いる東宝特撮映画のスタッフになりました。
井上は細部まで徹底的にこだわった仕事で円谷の信頼を勝ち取り、両者は数々の名作を世に送り出していきます。
「1954-1965 円谷英二との仕事」 (手前)ゴラス、ミニチュア
1966年、井上は東宝特殊技術課の二代目特撮美術監督に就任。総合的に美術面を采配するため独自のフローを考案します。井上は図面、予算管理、スタッフ配置などさまざまな面に気を配り、「井上式セット設計」とも呼ぶべき俯瞰的な手法を確立しました。
円谷英二の遺作になった「日本海大海戦」も、井上の絵コンテに基づいて特撮シーンがつくられています。
「1966-1971 特撮美術監督・井上泰幸」
円谷英二は1970年に死去。井上は東宝を退社し、1971年に造形会社「アルファ企画」を設立しました。映画だけでなくコマーシャルやテーマパークにも、特撮美術の領域を拡大させました。
井上は「日本沈没」(1973)、「連合艦隊」(1981)などの大作にも関わったほか、平成のウルトラマンやガメラ、スーパー戦隊シリーズにもアルファ企画のメカニックが使われています。井上は2012年に89歳で亡くなりましたが、特撮の遺伝子は現在にも受け継がれています。
「1971-2000 アルファ企画から未来へ」
最後の「井上作品を体感する」は圧巻です。井上の愛弟子だった特撮研究所の三池敏夫が、「空の大怪獣ラドン」(1956)に登場する西鉄福岡駅周辺のミニチュアセットを、アトリウム空間に再現しました。
近くで見ても、電車の架線から百貨店の看板まで実に細やか。当時の特撮映画撮影に参加するように、記念撮影をお楽しみください。
「2021-2022 井上作品を体感する」 岩田屋再現ミニチュアセット マーブリングファインアーツ制作
東京都現代美術館では、特撮領域全般をテーマにした「館長 庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」展を2012年に開催。特撮が文化として注目を集めるきっかけのひとつになりました。
本展はそれに続く企画で、今回も特撮研究所、アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC、理事長:庵野秀明)が企画に協力。ファンなら垂涎モノの、とても密度が濃い展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年3月18日 ]