アメリカ人ならだれもが知っている国民的画家、アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス(1860~1961)。モーゼスおばあさん(グランマ・モーゼス)の愛称で親しまれているモーゼスの作品を紹介する展覧会が世田谷美術館で開催中です。
入口には、モーゼスが使用した作業テーブルや愛用品が展示されています。アトリエを持たずに小部屋で制作をし、絵筆は毛が擦り切れても使い続けていたというモーゼス。脚部に風景画が描かれたテーブルは、今回初めてアメリカより国外へ出品されたものです。
第1章「アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス」会場
無名の農婦から70代で本格的に絵を描き始めたモーゼスは、身近な出来事や自然への温かなまなざしをキャンパスに映し出します。大恐慌や第2次世界大戦を経験し、疲弊していた当時のアメリカ人の心を捉え、一躍有名作家となりました。
第1章では、モーゼスが過ごしていたニューヨーク州の緑豊かな農場や川のほとりの家、ゆかりのある場所を描いた作品を展示。また、絵画を描き始める前から得意としていた刺繍絵も紹介しています。
第1章「アンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス」会場
ファミリー・アルバムに収められたモーゼスの祖父母や両親、夫、子どもたちの写真。家族や親しい人との絆によって支えられてきたと話すモーゼスは、作品にも家族や友人の誕生日や結婚式を描いたものが残っています。
ファミリー・アルバム ― 家族の記憶
第2章は、モーゼスが95歳の誕生日の際に書いたエッセイのタイトルでもある「仕事と幸せと」。エッセイ内には“どんな仕事でも幸せを増やしてくれるものです”と記しています。
モーゼスの絵の中には様々な仕事をしている人々が登場します。せっけんやろうそくを作る人々や作物を収穫する人、キルトを縫う人など、仲間との仕事を喜ばしい機会と感じていることことが分かります。
第2章「仕事と幸せと」会場
《村の結婚式》1951年(90歳)ペニントン美術館
第3章は「季節ごとのお祝い」。代り映えしない農場の生活では、季節の微妙な変化を大切にし、お祝い事をします。ニューヨーク州の北部は冬には豪雪が続くため、春の訪れを待ちわびるメープルをつかった「シュガータイム」を題材にした作品や、夏のピクニック、ハロウィーンやクリスマスも描かれています。
第3章「季節ごとのお祝い」会場
雑誌「タイム」のクリスマス特集号の表紙に起用されたことから、モーゼスと言えばクリスマスをイメージする人も少なくありません。モーゼスがデザインしたクリスマス・ソングを集めたジャケットやクリスマス・カードは人気を博しました。
第3章「季節ごとのお祝い」会場
モーゼスが作品制作で大切なテーマとしていたのは、自然の“美しき世界”です。農婦だったモーゼスは、自然の過酷さと恵みを特に感じていたため、季節による森林や川の移り変わりだけでなく火事や豪雨も描いています。
第4章「美しき世界」会場
《美しき世界》1948年(87歳)個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)
モーゼスは、亡くなる数か月前まで絵筆を握り続けていました。101歳を目前に描かれた最後の完成作品「虹」は、粗いタッチとのびのびとした色彩で自然と人々が描かれています。
《虹》1961年(100歳)個人蔵(ギャラリー・セント・エティエンヌ、ニューヨーク寄託)
会場の最後には、グリーティングカードで大人気となったモーゼスの作品をもとにして販売されたインテリアや食器や洋服が並んでいます。
大阪、名古屋、静岡と巡回した本展も残すところ東京と広島です。見逃していた方も残りの2会場でご覧ください。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2021年11月19日 ]