中国でガラス製造が始まったのは、春秋時代末期から戦国時代(紀元前5~前3世紀)。貴石や玉の代用品として、儀式に関連する道具類などに使われました。
そのレベルが飛躍的に向上したのが、清王朝時代です。清は300年に及ぶ歴史の中で、第4代康熙帝・第5代雍正帝・第6代乾隆帝が最も繁栄した時代ですが(‘康雍乾(こうようけん)盛世’といいます)、ガラス工芸も同様。康熙帝が紫禁城内にガラス工房を開設、雍正帝は工房を移設し窯場を増加しています。
ただ、この時代のガラス器は、余り残っていません。クリズリングというガラスの劣化現象もひとつの原因で、本展でもこの時代の作品はわずかに3点。極めて貴重な作品です。
プロローグ「中国ガラスの始原」、第1章「皇帝のガラスの萌芽 ― 康熙帝・雍正帝の時代(1696-1735)」第6代が乾隆帝(在位1735~1796)。この時代に、現在に残るガラス工芸の名品が数多くつくられました。
フランス人宣教師の助言もあり、さらに窯を増設。層を重ねる色被せガラス、貴石や大理石を思わせるマーブル・グラス、金の砂を含んだようなアベンチュリン・グラス、エナメル彩色など、多くの技法が採用されました。
清朝のガラスの大きな特徴が、重厚な彫琢(ちょうたく)と、独特の色彩です。中国では伝統的な造形感覚から、玉や水晶、象牙のような素材感を重視。絵柄の掘り抜きにも玉細工の研磨方法を用い、文様は切り立って表現されます。
会場の吹き抜けスペースは、撮影可能エリア。展示されている作品5点は、それぞれ清朝ガラスの特徴が良く現れています。お気に入りを撮影して、#清朝皇帝のガラス で投稿してください。
第2章「清王朝の栄華 ― 乾隆帝(1736-95)の偉業」清朝のガラス工芸に魅せられたひとりが、エミール・ガレ(1846-1904)。アール・ヌーヴォーを代表するフランスの芸術家です。
ガレはその様式を確立するにあたり、様々な異国の美術を研究。1885年にはベルリンを訪問し、工芸美術館に所蔵されている清朝のガラスを調査しています。1889年のパリ万博で発表した作品については、自ら、玉からの影響について明言しています。
会場では、清朝の作品とガレの作品を比較した展示も。墨玉を模した黒色ガラスや、切り立ったような断面を持つ彫り出しなど、素材や技法は清朝ガラスに学びながら、モチーフは日本風だったりと、ガレならでは構成力が光ります。
会場最後も撮影可能コーナーです。ずらりと並ぶ小さな瓶は、嗅ぎたばこを入れる器「鼻煙壺」(びえんこ)。手のひらに収まるほどのサイズですが、清朝宮廷内のガラス工房では、驚きの細工が施された鼻煙壺が制作されました。無限に広がる宇宙を思わせるディスプレイもお楽しみください。
第3章「エミール・ガレと清朝のガラス」、エピローグ「清朝ガラスの小宇宙(ミクロコスモス)」ちょっとかわった清朝ガラスの世界。細部を見ると、躍動感あふれる騎馬、遊びに興じる子どもなど、研ぎだされたモチーフもユニークです。じっくりご覧ください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2018年4月25日 ]■ガレも愛した-清朝皇帝のガラス に関するツイート