いにしえから伝わる工芸作品。さまざまな技法を駆使した装飾に注目が集まることが多いですが、逆にあえて装飾を用いない、ミニマルな造形美も見どころです。
漆工作品を中心に、かたちと素材の魅惑の世界を紹介する展覧会が、根津美術館で開催中です。
根津美術館 館内 (右:常設展示)《如来立像》中国・北斉時代 6世紀 根津美術館
展覧会は序章「かたちと素材」から始まります。
素材を理解し、素材に相応しい技術によって生み出されるかたち。まずは、本展で中心的に取り上げられる漆工をはじめ、陶磁と金工、それぞれの素材の特色を見ていきます。
(左から)《響銅浄瓶》朝鮮・高麗時代 10世紀 根津美術館 / 《白磁浄瓶》中国・唐時代 8世紀 藤崎隆三氏寄贈 根津美術館 / 重要美術品《漆案》中国・後漢時代 永元14年(102)根津美術館
第1章は「極まるかたち 中国・宋元の漆器と磁器」。中国・宋時代の漆工には彫漆、螺鈿、鎗金などさまざまな加飾技法が見られますが、一方で、装飾を施さない無文漆器も隆盛しました。
洗練されたかたちは、金属器に見られたものが漆器・陶磁器に写されたと考えられています。
(左から)《青磁輪花皿》耀州窯 中国・北宋時代 11世紀 個人蔵 / 《青白磁輪花皿》景徳鎮窯 中国・北宋時代 11~12世紀 個人蔵 / 《朱漆輪花皿》中国・北宋時代 10~12世紀 永田牧子氏寄贈 根津美術館
この時代の無文漆器の世界たちをみると、口縁部に規則的な切込みが入る輪花形や稜花形がしばしば見られます。
《黒漆稜花形盒子》も、典型的な稜花形の器です。力強く、稜線にも金属が伏されており、シャープな印象を受ける作品です。
《黒漆稜花形盒子》中国・元時代 14世紀 根津美術館
棬胎(けんたい、中国では圏畳:けんちょう)は、宋時代の漆器の特徴のひとつです。薄くて幅が広いテープ状の板を、輪にして積み上げたり、巻き上げたりして素地をつくる手法で、展示されている特別出品の資料を見ると構造がよく分かります。
薄く成形しやすいという利点がある一方で、壊れやすさいのが弱点。そのため、漆の下地には、動物の骨を焼いて砕いた骨粉が使われています。
特別出品《朱黒漆輪花椀断片》中国・北宋時代 10~12世紀 個人蔵
第2章は「用いるかたち 日本中世の朱漆器を中心に」。日本で朱漆器が文献史料に登場するのは平安時代です。
《朱漆盤(春日大盆)》は、春日大社に伝わる盤(丸盆)です。毎月1日、11日、21日に行われ、900年近く続いている旬祭で用いられた祭器具のひとつです。
《朱漆盤(春日大盆)》日本・桃山時代 16世紀 根津美術館
一方、こちらは東大寺に伝わる盤。東大寺二月堂では、天平勝宝4年(752)以来、毎年旧暦2月に修二会(お水取り)を実施。その行法に従事する僧侶らの食事で用いられます。
ともに、摩耗して中塗りの黒が表出した様子から、長年にわたって使われてきたことが感じ取れます。
《朱漆盤(練行衆盤)》日本・鎌倉時代 永仁6年(1298)根津美術館
展示室2に移り、第3章は「挑むかたち 茶の湯のうつわ」。茶席で用いられる道具には、茶の湯の歴史の中で磨き上げられてきた、茶人たちの美意識が垣間見られます。
頸部と胴部に入った凸状の条線を、竹の子の節に見立てた竹子(筍、笋)花入。展示されている作品は、バランスの良さと釉薬の美しさから、日本伝来の竹子花入では屈指の優品とされています。
重要文化財《青磁竹子花入》龍泉窯 中国・南宋時代 13世紀 根津美術館
最後にご紹介するのは、驚くべき薄さが特徴的な近代の椀。渡邉喜三郎は代々、同じ名前を名乗った塗師の家系です。
薄い胎に、さらに糸目を挽くという究極の薄さ。キレのある塗りにより、さらにかたちが引き立ちます。
《糸目溜塗汁椀・飯椀・煮物椀》渡邉喜三郎作 日本・大正~昭和時代 20世紀 根津美術館 / 《鉋目溜塗膳》渡邉喜三郎作 日本・大正~昭和時代 20世紀 根津美術館
前回の企画展「文様のちから」では装飾の技法に着目しましたが、今回は対照的といえる企画。それぞれの視点で工芸作品を鑑賞することで、さらに楽しみ方の奥行が広がります。
根津美術館の2021年度の展覧会は、本展まで。2022年度の展覧会予定も発表されています。特別展は、次回開催の「燕子花図屏風の茶会」と、11~12月の「将軍家の襖絵」。もちろん、このコーナーでもご紹介したいと思います。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年2月25日 ]