イギリス・ロンドンで“キューガーデン”の愛称で親しまれているキュー王立植物園。 2003年にはユネスコ世界遺産にも登録された世界最大級の植物園から、18~19世紀に制作されたボタニカルアートを紹介する展覧会が開催中です。

新館 入口
ボタニカルアートは植物を正確に伝えるために描かれ、薬物誌や植物誌の出版とともに発達しました。そのため、美しいだけでなく科学的にも正しいことが前提とされています。 古くは、紀元前40~90年頃のギリシャの医者による「薬物誌」にも記載されています。
あらゆる植物がボタニカルアートとして描かれていますが、イギリスの園芸において代表的なものと言えば、バラです。 15世紀、王位継承権を争って起きた内戦においても、2つの家がそれぞれ赤バラと白バラを紋章にしていたため“バラ戦争”と後世に名付けられました。バラは、イギリスの国花でもあり、エリザベス女王の紋章にも描かれています。

トマス・ハーヴェイ夫人 ローザ・ケンティフォリア(キャベツローズ)とローザ・ガリカ(フレンチローズ)の栽培品種(バラ科) 1800年 水彩、紙 キュー王立植物園蔵
大食堂には、ジョージ2世の妻・シャーロット王妃が愛したことで、王室御用達となたウェッジウッド社の「クイーンズウェア(女王の陶器)」も展示されています。
ウェッジウッド社は、シャーロット王妃の後援を機に、ロシアのエカチェリーナ2世や各国の王侯貴族にも知られるようになります。 また、シンプルで品のあるウェッジウッドのクリームウェアは、一部を機械化したことで廉価にしたことから、一般家庭にも普及していきます。

(左から)編み籠皿と受け皿(クイーンズウェア)1778年頃 クリームウェア(陶器)個人蔵 / 編み籠皿(クイーンズウェア)1815年頃 クリームウェア(陶器)個人蔵
17~18世紀のヨーロッパは、合理的な思想や科学的根拠から問題を解決する“啓蒙時代”「理性の時代」とよばれています。こうしたことを背景にイギリスでは、経済学や医学のほかに植物学も隆盛し、他国に先駆け産業革命が起こります。
芸術や科学に造詣が深かったシャーロット王妃は、キューガーデンの拡大を支援し、イギリスの産業発展の支えとなりました。

英国王室とともに歩んだ植物画
シャーロット王妃の時代、植物学者のジョセフ・バンクスが登用され、キューガーデンの拡大を図ります。 バンクスは世界各地の珍しい植物を収集しました。
それらを記録するため、植物画家による多彩なボタニカルアートが数多く制作され、それまで王室の私的な庭園だった植物園は、本格的に発展していきました。

英国王室とともに歩んだ植物画
18世紀のイギリスでは女性の教養のひとつに、植物学や水彩画を学ぶことがありました。植物学を学び、絵の描き方を身につける中で、植物画家として活躍する女性が登場します。
中には、夫に先立たれ、家計を支えるために始めたボタニカルアートで才能を開花させた女性も。女性の人権運動が始まった当時、女性画家を生んだボタニカルアートがその活動の後押しになったとも考えられています。

女性画家たち
新館では、キューガーデンが発行している「カーティス・ボタニカル・マガジン」を紹介。 植物学者のウィリアム・カーティスが1787年に創刊して以来、2世紀を経った今でも発刊され続けている植物雑誌です。
創刊当初は、専属の画家が描いた水彩画をもとに図版が掲載されていました。輪郭の描写が銅版画で複製され、1枚ずつ手彩色が施された豪華な図版でした。戦後、手彩色からカラー印刷となって出版をされています。

カーティス・ボタニカル・マガジン
マガジンには、図版とともに、植物学的な特徴や歴史、生育に関する解説が掲載されています。図版番号は、第1巻から図版に振られている通し番号も記載。会場では、図版と解説がセットでみられます。

カーティス・ボタニカル・マガジン (左)原画 / (右)手彩色による銅版画
また、「カーティス・ボタニカル・マガジン」は、陶磁器に描かれる図柄の情報源としても使用されます。1975年頃に制作されたダービー社のセットには、皿の中央にボタニカルアートを引用。工場の所有者がマガジンを購入後に花の図柄による装飾がされるようになりました。

ダービー磁器
エリザベス1世により貿易の特権を与えられたイギリス東インド会社は、18世紀にインドを植民地化します。植物学者たちも医療や植物の調査のためインドへ渡りました。
そこでインド人画家たち、カンパニー・スクールに依頼した植物画は、現在キューガーデンが所蔵。地域の伝統的な絵画と西洋絵画の技法を持ち合わせた作品として、その価値が見直されています。

カンパニー・スクール

カンパニー・スクール
美しいだけでなく、学術的にも価値の高いボタニカルアート。その詳細さから、写真技術が発達した現代においてもボタニカルアートの重要性を知ることができます。何気なくみていた植物を会場のボタニカルアートで、じっくりと観察してみては。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2021年9月17日 ]