※8/1から臨時休館、そのまま会期終了。
古来から自然に親しんできた私たち。鳥の声や虫の音、散り急ぐ桜や色づく紅葉に季節を感じ、月の満ち欠けにも時の移ろいを見いだしました。
四季の草花や月など自然の事象が表現された絵画や工芸、さらにそれらを詠んだ和歌が記された古筆切を紹介する展覧会が、根津美術館で開催中です。

根津美術館「花を愛で、月を望む 日本の自然と美」会場風景
展覧会は5章構成で、最初は「移ろう自然を詠む」から。古人の自然の美に対する関心が如実に現れているのが、和歌。野山の美しい風景、鳥の声、花の香などを、豊かな感性で詠みあげました。
《松葉屋色紙》は粘葉装の冊子本『高光集』の断簡で、現存はこの1葉のみです。花咲く梅の木と、巣作りをする鶯を詠んだ和歌が、舶載の唐紙にちらし書きで記されています。

《松葉屋色紙》伝 紀貫之筆 平安時代 11~12世紀 根津美術館
続いて「花を愛でる」。美しい花を美術に取り入れるのは、古今東西、どこでも見られます。四季の表情がはっきりしている日本では、季節の変化を表す定番のモチーフです。
《吉野龍田図屏風》は、右隻が爛漫の桜、左隻に錦繍のような紅葉。『源氏物語』で紫の上と秋好が優劣を競ったように、日本人は春と秋を特に好みました。

《吉野龍田図屏風》江戸時代 17世紀 根津美術館
重要文化財《花白河蒔絵硯箱》は、室町幕府8代将軍の足利義政が愛蔵したと伝わる名品です。
桜樹と岩に「花」「白」「河」の文字が隠れており、桜が散る様子を眺める公達がいることから、『新古今和歌集』の飛鳥井雅経の歌を判じさせる、という趣向です。

重要文化財《花白河蒔絵硯箱》室町時代 15世紀 根津美術館
次は「秋草の意匠」。萩や薄や女郎花など、『万葉集』以来多くの歌に詠まれた秋の草花。《色絵秋草文燭台》も、台座に桔梗や萩、菊などの秋草が描かれています。
胴部は白地のように見えますが、よく見ると線刻で薄や女郎花、霞が表現されています。女郎花の葉や花の部分には白土で文様の一部を盛り上げた箇所もあり、凝った意匠です。

《色絵秋草文燭台》江戸時代 貞享4年(1687) 根津美術館(山本正之氏寄贈)
蓋表に土坡・岩・流水・菊をあしらい、水辺の景色を表現した《菊蒔絵硯箱》。菊は一株だけですが、一重、八重、蕾、側面からと、さまざまな姿が見られます。
菊は不老長寿の象徴でもあり、工芸品や絵画の意匠として大変好まれました。

重要美術品《菊蒔絵硯箱》室町時代 16世紀 根津美術館
続いて「月を望む」。西洋では忌み嫌われる事もある月ですが、日本では人々の日常に寄り添う存在。澄んだ夜空に照る月は、秋の風物として親しまれ、月に秋草を合わせた意匠はよく見られます。
《武蔵野図屏風》は、右隻に沈みゆく太陽を、左隻には昇らんとする月を、いずれも秋草とともに描いたもの。関東平野の一部である武蔵野は、いにしえの昔は「草が生い茂る広大な野原」というイメージでした。

《武蔵野図屏風》江戸時代 17世紀 根津美術館
《色絵武蔵野図茶碗》は京焼の陶工、野々村仁清の作です。白い釉で大きく浮かんだ月、光が周囲を照らすさまを銀彩で表し、月明りを受けて輝く武蔵野の秋の情景を見事に表現しています。

重要美術品《色絵武蔵野図茶碗》野々村仁清作 江戸時代 17世紀 根津美術館
最後は「物語絵のなかの草花」。物語に登場する草花は、季節感を演出する要素であり、美術に取り込まれる際には重要なモチーフになります。
《扇面蒔絵源氏箪笥》は、『源氏物語』の冊子を収めるための箪笥です。各面にあしらわれた扇面には、松竹と鶴亀を組合せた吉祥文様や、流水に桜や紅葉を取り合わせた意匠など、さまざまな草花が見てとれます。

《扇面蒔絵源氏箪笥》江戸時代 18世紀 根津美術館
いつも企画展の時期にテーマ展示が同時に開催される根津美術館ですが、今回は展示室5の「つわものの姿」が注目。根津美術館には国内最大級の刀装具コレクションがあり、それらは2017年の特別展「鏨の華 ―光村コレクションの刀装具―」で披露されましたが、今回はその展覧会でも出なかった甲冑が並びます。
金工・漆工・皮革・染織など工芸技術の粋を集めた総合芸術といえる甲冑ですが、根津美術館に並ぶと、ちょっと不思議な感じもします。知られざるコレクションを、お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年7月21日 ]