1951年に、日本で最初の公立美術館として鎌倉の鶴岡八幡宮境内に開館した、神奈川県立近代美術館。今年、70年の節目を迎えました。
葉山館で開催される記念の展覧会は、彫刻にフォーカス。館蔵の彫刻から、20世紀後半以降の選りすぐりの作品が並びます。

会場の神奈川県立近代美術館 葉山
会場は全体で9章構成。学芸員が各章を担当し、設定されたテーマに沿うものがセレクトされました。ここでは4つの章をご紹介しましょう。
第3章「形態 ― 画家/彫刻家」には、現代彫刻の先駆者、アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)の作品が。ジャコメッティについて「描くように彫刻をし…彫刻をするように描く」と評したのは、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルです。
「見えるものを見えるとおりに表す」ことを追求したジャコメッティ。彫刻が有名ですが、絵画においても創作の本質は共通しています。

アルベルト・ジャコメッティ《裸婦小立像》1946年頃

(左から)アルベルト・ジャコメッティ《イサク・ヤナイハラの肖像》1956年 / アルベルト・ジャコメッティ《ヤナイハラの頭部》1956-1961年頃
第4章は「虚実 ― 向井良吉と毛利武士郎」。向井良吉(1918-2010)は、洋画家の向井潤吉の弟。大戦で召集を受け、ラバウルで敗戦を迎えて捕虜に。その体験は過酷で、非常な空虚感を覚えたと述べています。
《アフリカの木》は虚無感と飢餓感、そしてそこから生きようとする意志を、有機的なかたちであらわした作品。量塊よりも「虚」に重要な意味を持たせています。

向井良吉《アフリカの木》1955年
一方《勝利者の椅子》は、1964年の東京オリンピックをテーマにした作品。タイトルにはアイロニーが込められており、廃材を原型に用いるなどで、椅子としての機能は否定しています。

(手前)向井良吉《勝利者の椅子》1964年
第7章は「木魂 ― 砂澤ビッキとデイヴィッド・ナッシュ」。
アイヌの両親のもとに生まれた砂澤ビッキ(1931-1989)。17歳の頃、農作業の傍らで絵を描き始めました。荒々しい鑿跡が刻まれた巨木の作品や、独自の文様などを施した精緻な小品など、多彩な木彫作品を制作しました。
アイヌ出自というルーツを意識しつつ、その枠に囚われることもしなかった砂澤ビッキ。自然やその現象、想像上の生物などを主題に、独自の木彫世界を突き詰めていきました。

(左から)砂澤ビッキ《TOH 2》1985-1986年 / 砂澤ビッキ《樹頭》1983年 / 砂澤ビッキ《北の王と王妃》1987年
第8章は「再生 ― トントンビョウシノアシビョウシ」。巨大な環境彫刻で知られる最上壽之(1936-2018)。横浜みなとみらい地区にある、うねるようなステンレスの作品《モクモク ワクワク ヨコハマ ヨーヨー》(1994年)は、ご存じの方も多いと思います。
展示されている《トントンビョウシ ノ アシビョウシ》は、1989年の作品。アメリカ色が強い横須賀で生まれ育った最上ですが、創作の基本は伝統建築を想起させるような木の造形。独特の作品タイトルは「私の思考とは別個に造っている作品からのメッセージ」でつけられるそうです。

最上壽之《トントンビョウシ ノ アシビョウシ》1989年
葉山館の屋外には、2016年3月に閉館した旧鎌倉館から移設された作品も含め、現在は彫刻17点が展示されています。
周辺の散策も楽しいこの季節。展覧会の後には、一色海岸に臨んだ庭園をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年5月4日 ]