静嘉堂文庫美術館外観
2022年、30年続いた静嘉堂文庫美術館の展示ギャラリーは丸の内の明治生命館に移転します。
「静嘉堂」は、三菱第2代社長の岩崎彌之助の書斎の名前です。美術館横の文庫の建物は大正13年(1924年)桜井小太郎設計により建てられた、イギリスのカントリー風の美しい洋館です。世田谷の閑静な住宅街の中にひっそりとたたずむ美術館を訪れる最後の機会でもあります。
静嘉堂文庫外観
本展では世田谷から丸の内への「旅立ち」にふさわしく、冒頭の可愛らしい木彫りの御所人形たちが、列をなして何処かへ旅立とうとしています。
三菱第4代社長岩崎小彌太の還暦を祝って、孝子夫人が京都の人形司・五世大木平蔵に制作を依頼したものだそうです。
五世大木平蔵 《木彫彩色御所人形のうち「輿行列」》 昭和14年(1939)
楽しそうな人形の表情が生き生きと表現され、見ているこちらもわくわくしてきます。
人形たちが兎の冠を付けているのは小彌太が卯年生まれだからだそうですが、そんなところにも夫人の愛情が感じられる逸品です。
五世大木平蔵 《木彫彩色御所人形のうち「宝船曳」》 昭和14年(1939)
こちらの小さな棚は、香合わせを楽しむための道具を収めるものです。
上下の棚をつなぐ柱は竹の意匠が施され、金貝、螺鈿、蒔絵の技術で蔦をはじめ、草花が全体に散りばめられている日本らしい繊細さが窺われるものでした。
《山水蔦蒔絵螺鈿笈形香棚》 江戸時代(18世紀)
河鍋暁斎によって描かれた《地獄極楽めぐり図》は、日本橋の小間物問屋、勝田五兵衛が14歳で亡くなった娘・田鶴の供養の為に依頼した画帖です。
田鶴の臨終から極楽に到着するまでに、先に亡くなった家族や贔屓の役者に出会ったり、地獄を巡っていたりする図は、まるで物語を読んでいるようです。
あの世からの田鶴のたよりを受取っているような気持ちにさせたいという暁斎の心配りなのでしょうか。
河鍋暁斎筆《地獄極楽めぐり図》 明治2~5年(1869~72)(場面替えあり)
明時代に作られたこちらの硯は、墨池に楼閣、側面には亀や魚などたくさんの動物が彫り出されています。
《洮河緑石蓬莱硯》 明時代(15~16世紀)
川端玉章《桃李園・独楽園図屏風》は、会期前期は右隻の《桃李園》、後期は左隻の《独楽園》の展示です。《桃李園》は桃やスモモが咲き乱れた樹の下で、李白たちが詩を読みながら酒宴を楽しんでいる様子が描かれています。満開の花の下でウキウキしてしまう気持ちは、古今東西共通なのですね。
川端玉章筆 《桃李園図屏風》 明治28年
黒々とした漆の卓全面に施された螺鈿は、ため息が出るほどです。西洋の金や宝石で飾られたきらびやかさと違い、細かな螺鈿装飾はしっとりと上品に光り東洋的な美しさが表現されています。天板の竹や石の模様は不死や友情などを表す吉祥的な意味があるそうです。
《枯木竹石図螺鈿卓》 元時代(13~14世紀)
こちらはご存知、国宝の曜変天目で、完全な形のものは世界中に3点しか存在しないそうです。深い青色の中に点在する斑紋は、見上げる夜空の中の星たちのようです。
本品が大きな展覧会で出展されると、人混みの中でちらっと見ることしかできませんが、本展ではゆったりと見ることが出来、お得な気分になれます。
曜変天目 南宋時代(12~13世紀)
こちらも国宝で、源氏物語の一場面を表した俵屋宗達の屏風です。右隻は第十六帖「関屋」、左隻は第十四帖「澪標」の場面が描かれています。本展では左右に登場人物の説明があり、わかりやすい展示でした。
平安のモテ男光源氏は、牛車の中で姿を見せません。観る人それぞれの心の中で理想のイケメンを思い描くのも楽しいですね。
俵屋宗達筆《源氏物語関屋澪標図屏風》 江戸時代・寛永8年(1631)(前期展示)
これから緑の美しい季節となりますが、庭園も併設された静けさの中にある静嘉堂文庫美術館で、岩﨑家の秘宝の数々を楽しめるのもこれが最後となると、少し寂しい気もします。
[ 取材・撮影・文:松田 佳子 / 2021年4月9日 ]
読者レポーター募集中!あなたの目線でミュージアムや展覧会をレポートしてみませんか?