浮世絵といえば“版画”を連想しがちですが、版画の源流である“肉筆画”だけを紹介する展覧会が開催中です。
肉筆画の特徴は、1点ものであることが挙げられます。一枚一枚紙や絹に直接描いているため、複雑な彩色技法や巧みな線の引き方など、絵師の筆づかいを感じることができます。会場は浮世絵の黎明期から全盛期、幕末まで、時代順に進んでいきます。
会場手前のフォトスポット
まず1章で登場するのは、浮世絵の先駆者と言われる岩佐又兵衛。1610年代、又兵衛も描いたのが遊女や歌舞伎の様子です。都市の風俗や名所で遊ぶ人々を描いた風俗画から発展し、卑俗化した題材を取り上げたことが、後の浮世絵へとつながっていきます。
その後、浮世絵のイメージとして強い、1人立ちした遊女の姿も描かれるようになります。版本の挿絵などで活躍していた菱川師宣もそのひとりで、狩野派や土佐派を取り入れながら独自の画風を確立。役者や遊女、江戸の流行を捉えた浮世絵は、大衆から広く支持されました。
浮世絵は、弟子を率いて肉筆画を量産した師宣によって隆盛していきます。
(左から)菱川師平《髪結い図》1688-1704 個人蔵 / 菱川師宣《二美人と若衆図》 1681-84 個人蔵 いずれも前期展示
会場風景
華奢で少女の様な美人が描かれるのは、川又常正の《ほおずきを持つ美人》。常正は、肉筆画を専門として18世紀前半から半ばに活躍。中に丸い実がみえる熟したほとずきと、鹿子絞りの蔦の絵柄の和装から、季節は秋だと考えられます。
(左から)奥村政信《見立小督図》1716-36 川崎・砂子の里資料館 / 川又常正《ほおずきを持つ美人》 1741-64 個人蔵 いずれも前期展示
可愛らしく色気のある美しい女性を描き、観る人の心を虜にしたのは喜多川歌麿です。《夏姿美人図》は、化粧を直している女性の一瞬を切りとった作品。夕暮れ時、蛍狩に行く前の1場面とみられ、透けてみえる水色の襦袢や草木模様の帯は江戸の粋を感じさせます。
錦絵による美人大首絵で名声を得た歌麿が、肉筆においても美人絵師としての足跡を残したことがわかります。
喜多川歌麿《夏姿美人図》1789-1801 遠山記念館 前期展示
会場風景
肉筆画の現存が少ない東洲斎写楽の貴重な1作も紹介。絵本の版下絵と思われるこの作品は、人気歌舞伎役者たちによる舞台の1場面を見立によって描いたもののようです。細かく均一な線で描かれた人物部分と、抑揚のある線がひかれた背景や着物を使い分けているのが特徴です。
東洲斎写楽《岩井喜代太郎・中村助五郎・坂東彦三郎図》1794頃 摘水軒記念文化振興財団 千葉市美術館寄託 前期展示
本展で1番の見どころとなる4階の展示室では、新発見の作品も並んでいます。
まず紹介するのは、歌川豊国による《三代目中村歌右衛門の九変化図屏風》。大坂や江戸で人気の役者・歌右衛門が異なる9役を踊り分ける変化舞踊の様子を描いた屏風です。作品では一見8種の役に見えますが、左隻の右から3扇目は、辻君と奴の2役が1つの面に描かれているため、9種の役の演じ分けを見事に描写しています。モチーフの多様さ、潤沢に用いられた絵具による色彩の精密さが見どころです。
歌川豊国《三代目中村歌右衛門の九変化図屏風》 1815頃 個人蔵 前期展示
新発見のもう1つは、吉原遊郭の女性たちを描いた《青楼美人繁昌図》。葛飾北斎ら6人の絵師による合筆(寄せ描き)です。
北斎が描いたのは、一番下の切り前髪の女将。勝川春好は、一番上にいる赤い扇子を手にした男性を、門人の春扇と春周が下の女性を2人を描いています。 下から2番目に描かれた色香漂う遣り手を描いたのは、春好と門下内で競い合った勝川春英。犬を肩にのせた右端の女性を描いたのが歌川豊国です。
春章門下で北斎と不仲説のあった北斎と春好。また、好敵手として互いに競い合った北斎と豊国など、意外な交流関係がうかがえる貴重な作品です。
葛飾北斎、勝川春英、歌川豊国、勝川春扇、勝川春周、勝川春好《青楼美人繁昌図》部分 文化(1804-18)中期頃 個人蔵 前期展示
1点ものならではの味わいある肉筆画を時代毎に追っていく本展。新たな北斎像が構築されることも期待されている新出の作品をはじめとする肉筆画を間近で味わってみてはいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 / 2021年2月8日 ]