人々の生活と密接な関わりを持ってきた「香り」。香りは感情や記憶と深く関わり、目に見えない存在であるにもかかわらず、社会の様々な場面で重要な働きをしてきました。
香料業界のリーディングカンパニーである高砂香料工業のコレクションから、香水瓶、香炉、香合など、香りに関連する名品を紹介する展覧会が、パナソニック汐留美術館で開催中です。
会場入口
展覧会は大きく2章に分かれており、第1章は「異国の香り」。西洋で用いられた香水瓶などが、時代に沿って並びます。
紀元前2300年頃、メソポタミアで発明されたガラス。前1600年頃に、容器が成形できるようになりました。
当時のガラスは、王侯貴族のみが使える高級品。小さな瓶や壺に入れられた香油も、限られた人だけが手に入れる事ができる、とても高価なものでした。
ガラス製品の成形方法が発達するにつれ、生産量も飛躍的に増大。ローマ帝国の重要な交易品として、世界中に運ばれました。
《長頸香油瓶》東地中海沿岸域 1~3世紀 / 《長頸香油瓶》東地中海沿岸域 1~3世紀 ともに高砂コレクション
時代は飛んで、17世紀から18世紀。この時代、アルコールの抽出方法は著しく進化し、香水の生産が盛んになりました。
会場に並ぶ携帯用の香水瓶は、ヨーロッパの王侯貴族たちが特注で作らせたもの。ガラス、陶磁器、七宝、金銀製品など、様々な素材を用い、趣向を凝らした美しい容器が作られました。
(左から)《風景文香水瓶》イギリス 19世紀 / 《人物文香水瓶》イギリス 19世紀 ともに高砂コレクション
会場で最も華やかなのが、ボヘミアン・ガラスの香水瓶が並ぶこのコーナーです。
ボヘミアは、現在のチェコの中西部にあたる地方です。18世紀に隆盛したボヘミアン・ガラスは、19世紀に入ると衰退しつつありましたが、香水文化の普及を背景に、ビーダーマイヤー様式の香水瓶で再興。多彩な作品は、国外の香水瓶の造形にも大きな影響を与えました。
ボヘミアン・ガラスの香水瓶 高砂コレクション
19世紀末から20世紀初頭にかけては、美術と装飾との境界が揺らいでいました。1890年代頃から、動植物の有機的な形態に由来するアール・ヌーヴォー様式が流行。ガラス工芸の分野ではガレやドーム兄弟が活躍します。
(左から)エミール・ガレ《草花文香水瓶》フランス 1900年頃 / エミール・ガレ《草花文香水瓶》フランス 1904年頃 ともに高砂コレクション
香水と香水瓶の双方において、大きな功績を残したのがルネ・ラリックです。
アール・ヌーヴォーを代表するデザイナーであるラリックは、コティ社から香水瓶のラベルデザインを依頼されたことをきっかけに、積極的に香水瓶の創作に関わるようになりました。
ラリックが手がけた香水瓶は評判になり、メーカーからの注文が殺到。ラリックの香水瓶ならばその香水も売れると言われるほどの人気を誇りました。
最終的にラリックは、約400種類の香水瓶を創作しています。
ルネ・ラリック《香水瓶「ユーカリ」》
(左奥から)ルネ・ラリック《香水瓶「ドルセーの騎士、フランスの花、ドルセーの名声」》(ドルセー社)フランス 1920年 / ルネ・ラリック《アトマイザー香水瓶「人物像No.2」》フランス 1924年 / ルネ・ラリック《アトマイザー香水瓶》フランス 1924年 いずれも高砂コレクション
ヨーロッパの王侯貴族にとって、化粧道具は必需品で、香水瓶もその一つでした。
香水瓶や化粧道具は専用の収納箱に収められましたが、それらの箱ももちろん特注品。鼈甲や金銀細工など高価な装飾をふんだんに用いて作られた道具箱は、日用品というよりも美術品と呼んだほうが相応しい美しさです。
(左から)《菱文香水瓶セット》フランス 19世紀 / 《赤色ガラス小箱香水瓶セット》フランス 19世紀 ともに高砂コレクション
会場には、香水を宣伝するカタログやポスターも展示されています。
公共の場に印刷ポスターが登場するのは、19世紀後半。アール・ヌーヴォーの装飾性が高いデザインにより、大きな発展をとげました。
20世紀に入ると、近代デザイン運動やアール・デコの影響などにより、新たなスタイルのポスターも生まれてきました。
(左から)《「ヴィクトリア石鹸」ポスター》フランス / 《「ナチュラル石鹸」ポスター》フランス ともに高砂コレクション
第2章は「日本の香り」。
日本における香りの歴史は、仏教が伝来した6世紀以降から。西欧諸国と比べると、日本で香りに関心が向けられたのは後年になってからでした。
ただ、その後の日本の香り文化は急激に発展。他国とは異なる独自の展開を見せていきます。
平安時代では、香りを聞いて競い合う「薫物合せ(たきものあわせ)」などの遊びが登場。室町時代になると「香道」という芸術に昇華していきました。
十種香は最古の組香。十種の香木から四種を選んで焚き、香りを聞いて香木を当てる遊戯です。
《浜松塩屋蒔絵十種香箱》明治時代 20世紀 高砂コレクション
香枕は伽羅枕(きゃらまくら)とも呼ばれ、寝ている間に髪に香を焚きをしめるための枕です。外側は見事な蒔絵、内には香炉を置くひきだしが収められています。
(左から)《鶴蒔絵香枕》江戸時代 18世紀 高砂コレクション / 《菊枝蒔絵阿古陀香炉》江戸時代 18世紀 高砂コレクション
バラエティに富む高砂コレクションの数々。いかにもパナソニック汐留美術館らしい、華やかな会場構成も見ものです。
秋田、三重、東京と巡回する予定の展覧会でしたが、秋田展は新型コロナウィルスの影響で延期に。東京展の後、京都と秋田に巡回します。お見逃しなく。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年1月8日 ]