民族の特性が強く現れる伝承文学。日本人が語り続けた昔話、伝説、古典などを、その物語にまつわる絵画とともに紹介する展覧会が、弥生美術館で開催中です。

弥生美術館「奇想の国の麗人たち」会場入口
動物が人間の姿に形を変え、人と結婚するストーリー(異類婚姻譚)。日本には数多く伝わりますが、実は西洋にはほとんどありません。
「異類の怪」の冒頭で紹介されているのが、狐です。「玉藻の前」は、上皇の側室になった女が、実は九尾の狐だったという話。「狐の嫁入り」は夜間に見られる無数の怪火の伝説が、狐の嫁入り行列とされました。

(左から)「狐の嫁入りを描いた引きずりの着物」1920年代 / 「玉藻の前」を描いた着物 大正時代 田中翼 蔵
「霊魂の物語」では、霊魂のタイプを時代の流行から考察します。
平安時代中期には、一定の相手に憑依する「物の怪(もののけ)」が横行。生きている人から抜け出た魂が「生霊(いきりょう)」です。
源氏物語では光源氏の正妻・葵の上が懐妊すると、六条御息所(光源氏の愛人)の身体から霊魂が遊離。嫉妬に狂った御息所の生霊は、葵を殺してしまいます。

御正伸《葵》1981年 御正進 蔵
平家が滅亡した後の鎌倉時代には、平家の死霊である幽霊が恐れられました。
《残霊》は、平家の怨霊が描かれた油絵。壇之浦で滅亡した平家は、海にその怨霊が漂っているとされました。

御正伸《残霊》1975年 御正進 蔵
2階に進むと、まずは「今昔物語」。平安時代に書かれた今昔物語は大正時代に芥川龍之介がリメイクし、後に谷崎潤一郎や大宰治も続きました。
盗賊に騙された女が藪に連れ込まれる今昔物語の一説をもとに、芥川龍之介は、目撃者がいない事件をテーマにした小説「藪の中」を創作しました。以後、真相が迷宮入りする状況を「藪の中」というようになりました。
田代光は昭和に活躍した挿絵画家で、これらは初公開の作品です。

「今昔物語」田代光 画 1974年10月~1977年8月『大法輪』連載 東京文化振興会 蔵
「南総里見八犬伝」は、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の霊玉を持つ八犬士が、安房の国滝田の城主、里見氏を盛り立てるべく活躍する話。八犬士は美少年として描かれる事が多く、今日まで映画、漫画、ゲームなどで繰り返しリメイクされ続けています。

「南総里見八犬伝」伊藤彦造 画 1969年『少年少女世界の名作文学』 伊藤布三子 蔵
続いて「地獄と極楽」。日本では、古くからの教えと仏教の教義が混合し、独自の死後世界観がつくられました。
橘小夢が描いた一双の屏風も、初公開作品です。右隻には平安中期の僧で日本人の死後世界観に大きな影響を与えた恵心が、左隻には源氏物語の作者で人々の心を惑わせた罪で地獄に落ちたとされる紫式部が描かれています。

(左から)橘小夢《紫式部妄語地獄》 1935年頃/ 《恵心僧都尊菩薩来迎》1940年 ともに大塚十三 蔵
加藤美紀さんは、寺社仏閣や古い樹木、また異界と現実のはざまに現れる妖しい女性などを得意とする画家です。
《祈りの集積》では伏見稲荷大社と、鳥居に座る女性を描きました。物憂げな美女は、狐の化身を連想させます。

(左)加藤美紀《祈りの集積》2020年 個人蔵
最後は男性同性愛。キリスト教圏では大罪とされる男色ですが、日本では中世から近代初期まで習俗として公認されていました。男性同性愛にまつわるストーリーも数多く存在します。
井原西鶴の「男色大鑑」は、衆道(しゅどう)をテーマにした浮世草子。前髪を切って元服するまでの少年=若衆は、男色の対象者でした。

井原西鶴「男色大鑑」から
いかにも弥生美術館らしいテーマの展覧会。絵画や挿絵などのビジュアルはもちろんですが、欧米基準とは大きく異なる、日本ならではの伝承文学の世界そのものを、じっくりとお楽しみいただければと思います。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年11月9日 ]