安井仲治(1903-1942)は、目まぐるしく展開した1930年代の「写真の黄金時代」を、強い光芒を放って駆け抜けた写真家です。大阪に生まれた安井は、日本の絵画主義的表現の一翼を担った<浪華写真倶楽部>のメンバーとして作家活動をはじめ、1930(昭和5)年に新たな表現を志向する<丹平写真倶楽部>が結成されると、その中心的役割を担いました。穏健な絵画主義的風景から始まる安井の表現は、1930年代に入ると、スナップ・ショットやフォトモンタージュなどの「新興写真」の技法を積極的に取り入れていくようになります。さらに1937(昭和12)年頃には、シュルレアリスム(超現実主義)や抽象的表現を目指した「前衛写真」の潮流の中で、静物をモティーフにした新たな表現を模索・展開しました。
しかし、彼の写真の本質は、現実の社会を直視し、何気ない風景や日常の市井の情景にも象徴的な意味を見出し表現する鋭い感性にありました。労働者や集落の人々、貧しくも屈託のない子供の表情、さらにはサーカス小屋の女や、ユダヤ人難民の群れ等、都市の周縁にある人々に向けられた安井の透徹した眼差しとその表現は、「鏡」と「窓」に譬えられる、自己と他者、個人と社会を巡る、正しく「写真のすべて」を象徴するものでもあります。見るものと見られるものの交錯する視線にドラマを感じさせるその表現は、時代を超えて「真のリアリズム」の先駆として高い評価を得ています。
1942(昭和17)年、安井は惜しまれながら38年の生涯を閉じましたが、その作品世界の魅力は、現在に至るまで語り継がれています。
本展覧会は、生誕百年を記念し、新発見の約10点を含むヴィンテージ・プリント150点と戦災により失われた作品を、残されたネガ・フィルムから今回新たに復元した約70点のニュー・プリント、その他豊富な資料によって、安井仲治の写真表現の全容をはじめて紹介する本格的な回顧展です。