和歌山県立近代美術館は、1970(昭和45)年11月、日本で5番目の国公立近代美術館として、和歌山県民文化会館の1階に開館しました。1963(昭和38)年から和歌山城二の丸跡で活動してきた和歌山県立美術館が、博物館と近代美術館に分かれたもので、両館とも、1994(平成6)年に黒川紀章の設計になる現在の建物に移転しました。
当館では和歌山ゆかりの作家を中心に紹介と収集を行い、さらに扱う範囲を国外にも広げて、現在総数1万点を超える作品を収蔵するに至っています。コレクション展では、所蔵品を通じて幅広い美術の表現に接していただけるよう、季節ごとに展示を替え、その紹介を続けています。
「コレクション展2023-春」では、1階展示室AとBの2部屋にて所蔵品を展示します。「とびたつとき 池田満寿夫とデモクラートの作家」展(2023年2月4日‒ 4月9日)に合わせて、戦後、新しい版画の世界を切り開いたデモクラート美術家協会の系譜に連なる関西の版画家たちの作品をまずご紹介します。続けて春の季節感あふれる日本画や洋画の名品を展示し、さらに近代から現代にかけての美術表現を、彫刻作品を中心にご覧いただきます。
また、奈良原一高(1931‒2020)の作品を、「新収蔵 奈良原一高の写真」として特集いたします。
特集:新収蔵 奈良原一高の写真
奈良原一高(1931‒2020)は、戦後日本を代表する写真家の一人です。福岡県大牟田市に生まれ、東京ほか欧米各地を制作の場として活躍しました。
父の転勤に伴い長崎や愛知、鳥取、島根など各地を転々とした奈良原は、早稲田大学大学院在学中の1956(昭和31)年に、個展「人間の土地」でデビューを飾ります。鹿児島の桜島噴火で埋没した黒神村を写した「火の山の麓」と、長崎にある人工の炭鉱島・端島(軍艦島)を撮影した「緑なき島」の2部作からなるシリーズは、 隔絶された限界状況にあって人間が生きることの意味を問いかけた私的なドキュメントとして大きな反響を呼びました。1958(昭和33)年には、「壁の中」「沈黙の園」の2部形式で制作された〈王国〉シリーズを制作。和歌山県の女子刑務所と北海道のトラピスト男子修道院を撮影地に選び、閉ざされた壁のなかでの生活を追うことで、人間心理の深層に迫りました。
「壁の中」(1956‒58)が和歌山で撮影されたことも縁となり、当館は、2021(令和3)年度から2022(令和4)年度にかけて、楢原恵子氏(奈良原一高アーカイブズ)から、オリジナルプリントを中心にあわせて約200点の寄贈を受け、収蔵することができました。
今回の展示では、〈人間の土地〉、〈王国〉そして、廃墟となった軍需工場を撮影した〈無国籍地〉(1954‒56) もあわせ、奈良原の1950年代における3つの重要なシリーズから作品95点を紹介します。自らの方法を「パーソナル・ドキュメント」と位置づけ、戦後の写真表現の新たな地平を切り開いた奈良原の作品をあらためて見つめ直す機会としたいと思います。