透明のマスクのようなものが被せられる瞬間。
画中の人物は眠っているのか抵抗する様子はなく、もしかしたら息をしていない……。これから始まる何かを察し、緊張が走ります。
展示風景
金沢21世紀美術館では、ミヒャエル・ボレマンスとマーク・マンダースによる展覧会が開催中です。
世界的に活躍する2人の美術家は、絵画と彫刻と表現方法は異なりますが、他に類をみないユニークな作風で知られています。
マーク・マンダース《4つの黄色い縦のコンポジション》2017-2019年 彩色されたブロンズ、木、鉄 Courtesy:Zeno X Gallery,Antwerp&Tanya Bonakdar Gallery,New York
目の前の4体の胸像、マーク・マンダースの作品《4つの黄色い縦のコンポジション》の大きさに圧倒され、顔面に差し込まれた黄色い木片と本体のひびに、心が反応します。
もろい粘土でできているようにみえますが、実はブロンズ。ひびも作られたもので、床に飛び散る破片も作品の一部分です。
まるでマンダースのアトリエを覗いているような、または倉庫に置き去りにされた作品を見ているような、様々なシチュエーションが浮かびます。
《4つの黄色い縦のコンポジション》一部
ミヒャエル・ボレマンス《天使》2013年 Courtesy: Zeno X Gallery, Antwerp
ミヒャエル・ボレマンスの作品からも、作家が意図することを探ることは困難です。
タイトルもヒントにはならず、作品を前に少し不安にさえなります。
その上、描かれている人物は顔が覆われていたり後ろ向きだったり、目が合うことはありません。作品から何を感じ取るか、鑑賞者にゆだねられているのです。
ミヒャエル・ボレマンス《マグノリア-(Ⅰ)》2012年 油彩/カンヴァス 個人蔵
木蓮の作品《マグノリア-(Ⅰ)》には、人物のような下書きが残されています。
謎めいていますが、それが時の流れを表現しているようにも感じます。
また《カラーコーンⅡ》の三角形の物体や色合いからは、ジェームス・アンソールの作品が頭に浮かびました。
ボレマンスは、ベラスケスやマネ、シュルレアリズムなどヨーロッパ絵画史を深く研究し、作品に生かしています。
古典や近代絵画とボレマンス絵画が溶け合っているような、大きなスケール感に包まれた気分にもなっていきました。
展示風景
マーク・マンダースは、18歳の時に啓示のように閃いた「建物としてのセルフ・ポートレイト」というコンセプトをもとに制作活動を続けています。作品それぞれを自画像の一部分と考え、展示空間全体をインスタレーションとして表現してきました。
本展は、単なる2人展ではありません。
作家2人が、互いの作品選びや会場構成など、本展学芸員を交えながら構想を練り、生み出した展覧会です。
マンダースのコンセプトに沿っていうなら、2人のセルフ・ポートレイトが生まれ、金沢21世紀美術館という舞台で完成したのです。
この場所でこの瞬間を味わう、唯一無二となる鑑賞体験です。その証拠に、私は途切れることのない余韻の波に漂い続けています。
[ 取材・撮影・文:カワタユカリ / 2020年9月18日 ]
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