さまざまな様式が入り乱れていた、この時代の英国。慣習や約束事から離れて「新しい美」を追及する欲求は、唯美主義という運動を生み出しました。本展は、唯美主義を本格的に紹介する展覧会としては、日本で初の試みとなります。
会場に入ってすぐ目に入る横長の作品は、エドワード・バーン=ジョーンズの《ヘスベリデスの園》。バーン=ジョーンズのパトロンの邸宅を飾るために作られた浅浮彫りです。鮮やかな金色で、ウィリアム・モリスによる青い壁掛けとの調和を図りました。
エドワード・バーン=ジョーンズ《ヘスベリデスの園》唯美主義は、ラファエル前派の流れを汲む芸術家だけでなく、デザイナーやアカデミー派の画家たちも巻き込んでいきます。
ラファエル前派のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティによる《愛の杯》は、ハートの模様がついた杯を手に、夢見るような表情でこちらを見つめる女性を描いた作品。国立西洋美術館の所蔵です。
並んで展示されているのは、アカデミー画家のフレデリック・レイトンによる《パヴォニア》。「パヴォニア」は孔雀のことで、古来から美のシンボル。すなわち絵の主題が、ずばり「愛」です。ちなみにレイトンは、独身で男爵になった翌日に狭心症で急死したため、男爵家が1日で断絶したという珍しい経歴の持ち主です。
順に、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ《愛の杯》 / フレデリック・レイトン《パヴォニア》奥に進むと、大型の作品も次々に登場します。
アルバート・ムーア《黄色いマーガレット》は、郡山市立美術館の所蔵。ムーアは、古典的な布をまとった優美な女性像を数多く制作しました。
赤いドレスを身に着けた上品な女性は、ウイリアム・ブレイク・リッチモンドによる《ルーク・アイオニディーズ夫人》。著名な美術収集家だったアイオニディーズ家の夫人を描きました。
高さ248.9cmと迫力ある大作は、ジョージ・フレデリック・ワッツ《愛と死》。翼をつけた天使の「愛」が、巨大な「死」に立ち向かっている作品で、1877年の発表時にも大きな評判になりました。
順に、アルバート・ムーア《黄色いマーガレット》 / ウイリアム・ブレイク・リッチモンド《ルーク・アイオニディーズ夫人》 / ジョージ・フレデリック・ワッツ《愛と死》身の回りの生活に「新たな美」を求めた唯美主義。その傾向は、テキスタイルや家具などにも見ることができます。
発想の源として取り入れられたのが、開国したばかりの日本からもたらされた美術品。ジャポニスムを感じさせるマガジンラックなども紹介されています。
テキスタイルや家具なども派手な身なりで世間の注目を集め、1880年代には唯美主義の旗手となったのが、作家のオスカー・ワイルドです。ビアズリーが挿絵を描いた戯曲「サロメ」も評判となりました。
オスカー・ワイルドは1895年に同性愛の罪で収監。象徴が下野したため、唯美主義の運動は下火になっていきますが、その感性は研ぎ澄まされ、デカダンスの世紀末芸術に繋がっていきました。
黒と白の線描が特徴的な、ビアズリーの挿絵展覧会メインビジュアルのアルバート・ムーア《真夏》は、会場の一番最後で紹介されています。
東洋風の扇子を持つ女性に挟まれて、椅子に座って居眠りをする女性。官能的に透けた薄衣の上に、目に鮮やかな明るいオレンジ色のローブ。細かな装飾がなされた椅子には、マリーゴールドの花環が掛けられています。時間が止まったかのように思える、魅力的な作品です。
アルバート・ムーア《真夏》従来の美術の常識に異を唱えたラファエル前派の運動から繋がっている唯美主義。ラファエル前派~唯美主義の流れは、19世紀半ばから世紀末にかけて「英国美術の黄金時代」を築きました。チケットの提示で
森アーツセンターギャラリーで4月6日(日)まで開催中の「
ラファエル前派展」との相互割引も受けられます。あわせてお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2014年1月29日 ]