「豊饒の海」シリーズは、「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」の4巻からなる、三島由紀夫の最後の長編小説。タイトルの「豊饒の海」とは、月面にある海の一つ「Mare Foecunditatis」(豊な海)に由来するとされています。
小説は、十八歳の侯爵家嫡子・松枝清顕と、清顕を想う伯爵家令嬢で幼馴染みの綾倉聡子の悲劇的な恋愛と、清顕の死から始まる輪廻転生の物語です。物語のはじまり、「春の雪」のあらすじを簡単に説明します。
皇族と婚約した聡子。清顕は彼女が手の届かない「究極の女」と化したことを知ります。禁を犯した逢瀬の末、皇族との婚約を控えていながら、聡子は清顕の子を妊娠。この事実を知り、松枝家と綾倉家の両家は、子を始末し、聡子を予定どおり結婚させようとします。
しかし、聡子はすべてを捨てて奈良の寺で出家。清顕は病身を押して、聡子が出家した奈良の寺を訪ねますが、遂に会うことは叶わず。旅の疲れから清顕は肺を患い、親友の本多繁邦へ「又、会うぜ」と謎の言葉を残して、20歳でこの世を去ります。
本展では、直筆の原稿や創作ノートなどを通じて「豊饒の海」の魅力を紹介する企画。作品の魅力を紹介します。タイトルの「ススメ」は、「進め」ではなく「勧め」。今こそ三島畢生の作品「豊饒の海」を完読してみませんか?と、お勧めする意味です。
展示は2部構成。第1部「「豊饒の海」のススメ」では、創作ノートや手紙などの資料が展示されています。「豊饒の海」の構成のほか、執筆当時の三島について紹介されます。
会場の鎌倉文学館は、旧前田侯爵家の別邸を鎌倉市から寄贈を受け、昭和60年以来、文学館として活用されていますが、三島も「豊饒の海」の執筆の際、取材のために訪れています。
昭和40年の夏、三島が訪れた際に書いた《創作ノート「奔馬」》には、「裏山の裏側を北西に当り、大仏見ゆ」とあり、鎌倉大仏と思われる絵が描かれています。この訪問ののち、本館を「春の雪」に登場する松枝侯爵家の別荘「終南別業」のモデルとしました。
第2部では、全4巻の「豊饒の海」を、巻ごとに紹介。各巻の魅力とともに、登場人物の台詞などを抜き出し、キャプションと展示するなど、読書欲を引き出す仕掛けが施されています。
目玉は、《原稿「天人五衰」30節》です。前期展示(4/20~5/29)は、レプリカで紹介されていましたが、後期展示(5/30~7/7)からは、三島による直筆の原本が展示されています。
「豊饒の海」は、三島由紀夫の遺作。三島は《原稿「天人五衰30節》を机の上にのこし、三島は市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地に向い、演説の後、割腹自殺をする事となります。
原稿末尾には「「豊饒の海」完。/昭和四五年十一月二十五日」。三島が自決したのも11月25日です。やはり生の原稿を目にすると、三島が命がけで書いた物語の重さを感じます。
1階展示室入口には、清顕と三島の後輩がススメる「豊饒の海」コーナーが。「豊饒の海」のポイントを、三島が通っていた学習院中等科の3年生(2019年現在)が紹介します。中学生とは思えない、しっかりとした紹介文に思わず唸ります。
「豊饒の海」を魅力を余すことなく伝える本展。第2部の紹介で完全に本作の魅力に落ちた筆者は、早速「春の雪」を購入したほど。読書欲が刺激される、熱量の高い展示でした。
[ 取材・撮影・文:静居絵里菜 / 2019年6月5日 ]