明治から昭和初期にかけて全国で大量生産された日常使いの器「印版手」(*1)。骨董屋さんや蚤の市で手にしたり購入している方も多いのではないでしょうか。
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本展では、印版手コレクターの橋本忠之さんから大阪歴史博物館に寄贈された1129点の中から選りすぐりの260点の印版手を紹介。ほとんどが初公開です。
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印版手はプリントウェアとも呼ばれています。18世紀後半にイギリスでプリントウェアの技術が開発されブームとなり、その後オランダ、ベルギー、フランスへ広がり日本へともたらされます。
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昭和初期の転写紙 これを陶器の表面につけて焼成する
型紙(伊勢型紙)を使用した摺絵、銅板転写紙を使用した銅板転写の技法のほかに吹き絵、ゴム版などにより、美濃・瀬戸などを中心に全国で大量生産されていました。
本展の見どころの1つは、260点どれも同じ柄がないということ。いくつかご紹介しましょう。
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ゆるさが現代的でもある
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お魚くわえた猫。魚が赤く彩色されているのもおもしろい
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印版手コレクター橋本忠之さんの最初の一枚
玩具や動物、風景や日常が描かれた柄など飽きることなく眺めていられます。しかし見て楽しむだけではなく、毎日使うものだからこその柄もあります。
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「メートル法啓蒙図茶碗」銅版 大正期
その1つが上の写真です。明治にメートルとグラムの計測単位が導入され、日常に大きな変化があったことがうかがえます。周知させる手段として茶碗に印刷するという発想はおもしろく、この茶碗でどんな会話をしていたのかと想像してしまいます。
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戦争を描いた印版手と絵巻物(大阪歴史博物館蔵)
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「日露戦戦勝記念提灯行列図皿」銅板 明治37~38年
また戦争にまつわる柄も多くあることにも驚きました。現代では戦争をプリントするなんて考えられないですが、当時、印版手は1つの情報伝達の手段だったと考えられています。テレビやラジオもなかった時代、器としてだけでない(現代から考えると)意外な役割を担っていたのです。印版手は人々の生活に思う以上必要なものだったのです。
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『陶業時報』第34号
また大阪・瀬戸物町(旧町名/現在は大阪市西区)で明治から昭和にかけて発行されていた陶磁器業界紙『陶業時報』が今回初公開されています。大阪でも盛んに印版手が生産され、関西一円に流通していたことなどを知り、今の大阪とは違う一面を感じられました。
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「オランダ商館図大皿」コレクター橋本さんのお気に入り。オランダの柄が印版手の歴史を思わせる
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「動物園図皿」
普段使いしていた物が時を経て、現代に多くのことを教えてくれます。今、私たちの身近にある物も、未来の人たちにとって同じような発見を与えるのかもと思うと、すべての物に価値があると確信します。そして何よりも「印版手、ほしい!」。結局は物欲に負けている自分がいます。とほほ。
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スタイリスト東ゆうなさんが提案する印版手のかわいさをテーマにしたスタイリングも紹介されている
大阪歴史博物館 サイトより
(*1)「印ばん手」の表記について
通常「印判手」と表記されるこの多い、印ばん手ですが、橋本氏のコレクションについては「印版手」と表記しています。これはもともとの「印判」という語は「こんにやく印判・ゴム版絵付け」にのみ限定して使用されており、現在の印ばん手」の主流である「型紙摺絵・銅版転写」を含んでいなかったこと、また印ばん手の歴史が近代以降の印刷の発展とともに進化してきたことを踏まえ、印ばん手の表記をしては「印判手」ではなく「印版手」とすべきである、との橋本氏の研究に基づいています。そこで当館では橋本氏の収集および研究活動に敬意を表し、「橋本忠之印版手コレクション」と呼ぶことといたしました。
[ 取材・撮影・文:カワタユカリ / 2023年1月19日 ]
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