貿易商として成功した松岡清次郎(1894~1989)が収集した美術品を展示する、松岡美術館。
設備改修などのため2019年6月から休館していましたが、約2年8か月を経て、ついに再開。東洋陶磁・日本画・西洋彫刻の3つの企画で、松岡コレクション屈指の名品が紹介されています。
ロビー風景 (中央)エミール=アントワーヌ・ブールデル《ペネロープ》1912年
まず、展示室1の「古代ギリシア・ローマ大理石彫刻展」から。ロビーの常設展示にローマ時代の《アルテミス》が加わったことを記念した企画です。
コレクション全体からみると数は多くありませんが、写実的で造形美にあふれる作品が並びます。
(左から)《ヘルメス頭部》ローマ期 2世紀頃 / 《アフロディテ》ローマ期 紀元前1世紀頃
常設展の展示室3では古代東洋彫刻を紹介。質・量ともに国内屈指とされるガンダーラ仏教彫刻をはじめ、ヒンドゥー教神像、クメール彫刻などが並びます。
松岡コレクションのガンダーラ仏教彫刻を代表するのが《菩薩半跏思惟像》。類品の中でも特に優美で、東アジアの仏像のルーツともいえる貴重な作例です。
展示室3 常設展「古代東洋彫刻」会場風景 (右)《菩薩半跏思惟像》ガンダーラ 3世紀頃
2階に上がって、展示室4は「館蔵 東洋陶磁名品選 松岡清次郎の志をたどる」。松岡美術館のシンボル的な存在である《青花龍唐草文天球瓶》と《青花双鳳草虫図八角瓶》を中心に、屈指の東洋陶磁を購入年代に基づいて紹介します。
展示室4「館蔵 東洋陶磁名品選 松岡清次郎の志をたどる」会場風景
清次郎は日本画蒐集の傍ら、60歳代にあたる1950年代半ばから陶磁器の蒐集をスタート。日本陶磁から始め、徐々に対象を広げていきました。本展では購入順に作品が紹介されています。
《青花双鳳草虫図八角瓶》は、雄大な八角形の器形に、吉祥模様が整然と施された元時代の名品。1974年6月に売り立てられ、中国の美術品としては史上2番目の高値である22万ギニー(約1億5千万円)で落札されました。
《青花双鳳草虫図八角瓶》中国 景徳鎮窯 元時代 14世紀
松岡美術館東洋陶磁コレクション最高の名品といえるのが《青花龍唐草文天球瓶》。館蔵品全体でも第一の中核に位置付けられる逸品です。
この作品は1974年4月にサザビーズのオークションで売り立てられましたが、残念ながら清次郎は二番札。一度はポルトガルの銀行王の手に渡りますが、なんと落札後にポルトガルの政変で銀行王が失脚。再び入手するチャンスが巡ってきたのです。
サザビーズの主催者は手数料を上乗せしてきましたが、清次郎は商人の技を駆使して交渉。見事、この名品を入手しました。
《青花龍唐草文天球瓶》中国 景徳鎮窯 明時代 永楽 1403-1424年
展示室5と6は「館蔵日本画 花鳥風月」。松岡コレクションの日本画の中から、四季のうつろいを感じさせる作品が展示されています。
(左から)下村観山《山寺の春》1915(大正4)年 / 横山大観《梅花》1929(昭和4)年
清次郎は若い頃から美術品の売立に顔を出しており、大正10年前後に根津美術館創設者の根津嘉一郎が屏風を3万円で競り落としたのを、すぐ近くで見ていました。
当時の清次郎は27-8歳。出せる金額は100円から1000円ほどで、まさに桁外れの取引に驚くとともに、自分もいつかは…という思いを持った事でしょう。
池上秀畝《巨浪群鵜図》1932(昭和7)年
約半世紀かけてコレクションを築いた松岡清次郎。《青花龍唐草文天球瓶》《青花双鳳草虫図八角瓶》を入手した頃に「優れた美術品は一般に公開し、一人でも多くの美術を愛する人に楽しんでいただこう」と、美術館設立を決意。1975年に自社ビルの8階で開館しました(現在の地にある新美術館は2000年開館)。
《青花龍唐草文天球瓶》と《青花双鳳草虫図八角瓶》が同時に出展されるのは7年ぶりです。ひとりのコレクターが情熱を注いだ蒐集の軌跡をお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2022年1月27日 ]