「浮世絵とファッションの組み合わせ」といえば、花魁などの艶やかな衣装の浮世絵を紹介する展覧会ならしばしば開かれますが、今回の主役は男性。
浮世絵に描かれた男性を通じて、江戸の男性のファッションを紹介する展覧会が、太田記念美術館で開催中です。
「和装男子 ― 江戸の粋と色気」会場
まず第1章「主役は和装男子 ― 名手たちの競演」は、時代を代表する著名絵師による男性像からです。
《佐野川市松の人形使い》は、錦絵創世の直前に大活躍した奥村政信の作品です。注目して欲しいのが、羽織の襟に描かれた石畳模様。炭治郎も愛用するこの柄が「市松模様」といわれるのは、人気の歌舞伎役者・初代佐野川市松に由来します。
奥村政信《佐野川市松の人形使い》寛保~宝暦6年(1741~1756)頃
勝川春潮の《橋上の行交》では、黒い縞の小袖に紫の縞の羽織を合わせた男性。ストライプ+ストライプは、現在でも難易度が高そうです。帯と鼻緒の赤がアクセントになっており、黒い頭巾をマフラーのように首に巻くのも、当時の流行です。女性の視線を集める、オシャレ上級者です。
(左奥から)鈴木春信《つれびき》明和4年(1767)頃 / 勝川春潮《橋上の行交》天明~寛政(1781~1801)頃
第2章「和装男子の系譜」は、前半が「美しい男たち」。江戸前期から後期には、いわゆる美少年(若衆)が好まれました。若衆は元服前の前髪を残した少年、さらに、男色の対象になった陰間(かげま)を指すこともあります。
《風俗画帖》は10図からなる画帖。中心として描かれている振袖姿の若衆は繰り返し登場しているので、特定の人物を想定して制作された可能性があります。
作者不詳《風俗画帖》17世紀
《若衆三幅対》は、華やかな衣装の3人の若衆。前述の市松模様や亀蔵小紋(市川亀蔵が流行らせた渦巻模様)など、流行の柄を取り入れています。
中央の男性が編笠を両手で支えていますが、これは陰間が外出する際に髷が崩れないようにしたポーズとも言われています。
石川豊信《若衆三幅対》延享~宝暦(1744~1765)頃
「和装男子の系譜」後半は「勇ましい男たち」。19世紀以降、江戸時代後期から幕末になると、浮世絵には男らしい男性像が目立つようになります。
黒船忠右衛門は芝居の登場人物で、大坂の侠客・根津四郎衛門がモデル。南無阿弥陀仏の襦袢を着て立ち回りをする演出で人気を呼びました。雁金文七は大坂に実在した無頼漢、雁金五人男の首領です。
(左から)歌川国貞(三代豊国)《梨園侠客伝 黒ふね忠右へもん》文久3年(1863)12月 / 歌川国貞(三代豊国)《梨園侠客伝 かりがねふん七 岩井杜若》元治元年(1864)4月
こちらは明治時代の作品で、各分野の有名人を背景にしたユニークな構成。左から九代目市川団十郎、初代市川左団次、五代目尾上菊五郎で、当時人気の「団菊左」です。
中央の半纏にはローマ字、左側は短髪に洋装と、男性像も変化が見られます。
豊原国周《東京無双当以長揃 尾上梅幸 市川左団次 市川三升》明治(1868~1912)初期頃
第4章は「はじまりは和装男子 ― ファッションリーダーとしての歌舞伎役者」。江戸時代における歌舞伎役者の人気は現代の比ではなく、YouTuberと芸能人を足したような特別な存在。その影響力も絶大でした。
四代目市川小団次が来ているのは「かまわぬ(鎌・〇・ぬ)」模様。模様自体は江戸時代の前期からありましたが、七代目市川団十郎が用いた事から大流行しました。
豊原国周《三十六花艸の内 風車草 御所の五郎蔵 市川小団治》慶応元年(1865)月
第5章は「暮らしのなかの和装男子」。一般の江戸市民の衣服に目を向けました。
こちらは浮世絵でしばしば描かれる日本橋の姿。日本橋の北側には魚河岸があり、商人、町娘、武士など、さまざまな身分の人々が行き交いました。働く男性は着物の裾を帯に挟み、歩きやすい恰好です。
歌川広重《東海道一 五十三次 日本橋》嘉永2~5年(1849~52)
こちらは太田記念美術館のSNSで人気沸騰の1点。浮世絵には手ぬぐいをかぶる人がしばしば登場しますが、こちらには「米屋」「若衆」「あねさん」などかぶり方の名称が記されています。
作者不詳《いろいろの手拭かぶり》明治~昭和21年(1868~1946)頃
最後の第6章「物語のなかの和装男子」。物語や伝説、歌舞伎にはさまざまなタイプのヒーローが登場し、浮世絵にはそのキャラクターに沿った衣装で描かれます。
石川五右衛門はご存じ、天下の大泥棒。黒天鵞絨(ビロード)の褞袍(どてら)、髪は月代(さかやき)がのびた油付きの百日鬘という異様ないでたちです。
(左から)歌川国貞(三代豊国)《東海道五十三次之内 京 石川五右衛門》嘉永5年(1852)4月 / 歌川国貞(三代豊国)《東海道五十三次之内 宮 景清》嘉永5年(1852)5月
太田記念美術館では2013年にも「江戸の美男子 ─若衆・二枚目・伊達男─」が開催されて話題になりましたが、本展もその時と同じ学芸員の赤木美智さんが担当です。
会場は密をさけるため、地下の展示室も使った広々とした構成。会場のパネルでは「模様に秘められた美意識」や「さまざまな髪型」など、細かな部分も楽しく解説されています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年1月5日 ]