1472年生まれのクラーナハ。この時代のドイツの画家ならアルプレフト・デューラー(1471-1528)をご存じの方が多いかもしれませんが、クラーナハも存命中から成功を収めた巨匠です。
父から絵の技術を学んだクラーナハは、32歳のころザクセン公国の都・ヴィッテンベルクへ。これは宮廷画家として招かれたもので、大規模な工房を組織して活躍します。
当時のドイツを襲った大波が、宗教改革です。改革の前面に立ったマルティン・ルターとクラーナハは友人だったため、教科書に載っているルターの肖像画はクラーナハが描いています。ただ、クラーナハは従来の顧客である諸侯(=もちろんカトリック側)の作品も描いている事から、絵のスキルだけでなくビジネスセンスも一流だった事がわかります。
会場会場全体は6章構成ですが、イチオシは4章の「時を超えるアンビヴァレンス ─ 裸体表現の諸相」。官能的な裸体像は、クラーナハの十八番です。
クラーナハが描いた裸婦は、骨格を意識させない、なよっとした肉体。脚が長く、胸は小さめ。腰が細くて全体的に華奢ですが、現在の目線で見ると太腿が太く、下腹部がぽっちゃりしているようにも感じます。表情はクールで、少女のような顔立ちです。
名目上はヴィーナスやニンフ、ルクレティアとして描かれた裸身。決して現実的ではありませんが、異様なほどの艶めかしさです。黒い背景からは白い肌が浮かび上がり、恥部に掛かる透き通った布もエロティシズムを強調しています。
独特の色気をはらんんだクラーナハの裸婦は、後世にも影響を与えました。会場にはクラーナハの裸婦に魅せられた後年の画家による作品も紹介されています。
4章「時を超えるアンビヴァレンス ─ 裸体表現の諸相」大きな剣と土気色の生首を持つ、無表情の美女。展覧会のチラシなどで驚いた方も多いのではないでしょうか。《ホロフェルネスの首を持つユディト》は、会場後半で紹介されています。
敵将を惑わせて首を取った美しい未亡人、ユディト。カトリックの旧約聖書にあるこの物語は多くの美術家が絵画にしてきましたが、クラーナハによるユディトは実に魅力的。理知的な顔立ちですが、表情は感情が抜け落ちたかのようで、薄目を開けたホロフェルネスとの対比も見事。ファッションは当時の流行をそのまま取り入れ、丁寧に描かれた長い髪、肌は透けるような白さです。
3年に及ぶ修復を経てよみがえった、クラーナハの傑作。比較的大きな作品(87x56cm)という事もあり、見ごたえたっぷりです。時間をとってお楽しみください。
ルカス・クラーナハ《ホロフェルネスの首を持つユディト》東京展の会期はちょうど3カ月で、2017年1月15日まで。年末年始(12月28日~1月1日)は休館になりますのでご注意ください。
国立国際美術館(2017年1月28日~4月16日)に巡回します。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2016年10月14日 ]■クラーナハ展 に関するツイート