約14,000点の所蔵品を有する太田記念美術館。東邦生命相互保険会社の社長を務めた五代太田清藏(1893~1977)が生涯に渡って蒐集した浮世絵が、コレクションの中核です。
博多随一の富豪だった四代太田清藏の長男として生まれながら、学生時代には同窓の児島善三郎らと絵画同好会「パレット会」を創設するなど、美術への造詣が深かった五代太田清藏。画家になる夢は果たせませんでしたが、美術への熱い思いを体現したのが、浮世絵の蒐集でした。
大学生の頃から浮世絵に関心を持っていた五代太田清藏ですが、20代後半に欧米諸国を外遊した際、浮世絵が欧米で高く評価されている事を実感。熱心に浮世絵の蒐集を進めていく事となります。
五代太田清藏は1977年に死去。それまで、コレクションはほとんど公開される事がありませんでしたが、遺族たちが美術館の設立を決意。1977年から銀座の東邦生命旧本社ビルの7階で約2年間の活動を続けた後、1980年1月13日、現在の地に太田記念美術館がオープンしました。
開館40周年を記念した本展は、肉筆画の名品を紹介する企画です。浮世絵の祖である菱川師宣からはじまり、鳥居清長、喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重などの著名絵師はもちろん、明治時代の小林清親や月岡芳年まで、計41人、63件の作品が並びます。
会場最初の畳のエリアに、早速注目の作品が登場します。葛飾北斎・応為の競演です。《雨中の虎》は、数え年90歳の葛飾北斎が没年に描いた傑作。《吉原格子先之図》は北斎の娘である応為の代表作で、ドラマチックに吉原の夜景を表現しました。
隣に並ぶのが、喜多川歌麿《美人読玉章》。吉原の遊女が、恋文を読みふけっている場面です。高位の遊女なのか、豪華な衣装につけられた紋から、越前屋の遊女、唐土(もろこし)がモデルとも言われます。
《二世瀬川菊之丞図》は錦絵の雄、鈴木春信の作品。春信の肉筆画は現存例が少なく、貴重な一品です。モデルはカリスマ的な存在だった人気の歌舞伎役者です。
展示室二階に進んで、窪俊満《雪梅ニ美人図》は、モノトーンのように見える作品。錦絵の「紅嫌い」の手法を取り入れたと思われますが、「紅嫌い」風の肉筆浮世絵は、あまり知られていません。
葛飾北斎《風俗三美人図》も、出色の名品です。寛成10年(1798)頃なので、北斎は40歳前後と若い頃の作品ですが、淡彩の付立(輪郭をかかずに描く技法)で描いた見事な美人図は、さすがに北斎といったところでしょうか。
覗きケースには扇も。太田記念美術館は、大阪の豪商・鴻池家旧蔵の扇絵コレクション900点以上も収蔵しています。
浮世絵版画が版元によるプロデュースのもと、絵師・彫師・摺師の分業で制作されるのに対し、肉筆画は絵師が自身で仕上げる一点物。おのずと、絵師たちの技量がそのまま作品に現れるのが魅力です。幸いにも太田記念美術館の展示ケースは奥行が浅目なので、じっくりと近くでお楽しみください。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年1月10日 ]