現チェコ共和国に生まれ、19世紀末のパリで活躍したアルフォンス・ミュシャ。そんな彼が手掛けた、素描、油彩画、書籍、ポスター、装飾パネル、ブロンズ彫刻、宝飾品など約500点のコレクションを誇る堺アルフォンス・ミュシャ館では、様々なテーマのもとに年三回の企画展が開催されている。本展では、原田悠里学芸員によってポスターマニア(アフィショマニ)の登場からミュシャマニア(ミュシャマニ)の誕生へという流れに光が当てられている。
1890年代のパリで商品の広告媒体であるポスターがアートとして認識され、収集熱が高まる中で登場したミュシャ。そんな彼特有の様式を推す「ミュシャマニ(原田氏の造語)」現象は、一体どのような展開をみせるのだろう。
展覧会会場入口
展示室に足を踏み入れると、そこには1895年刊行の『ポスターの巨匠たち』に収録された様々な作家の作品が。
カラーリトグラフ(多色刷り石版画)の発展によって色鮮やかなポスターがパリの街を彩っていた頃、そんなポスターを我が物にして愛でたい、という要望に応えて誕生したのがハンディタイプのポスターコレクション誌『ポスターの巨匠たち』。アフィショマニの邸宅に見立てた展示空間で、オリジナルサイズのポスターと共に眺めるみると、彼らの求めていたことが見えてくる。
4階第一展示室風景
『ポスターの巨匠たち』は毎月4枚1セットで発売され、一年分計48枚をまとめたものには美しい装丁が。
ポール・ベルトン『ポスターの巨匠たち』年間合冊版カバー(1895-1896年版)1896年、紙に印刷、堺 アルフォンス・ミュシャ館(堺市)蔵(以下、記載のないものは全て同美術館所蔵品)
1895年、といえば、雑誌や本の挿絵を手掛けていたミュシャが、かの有名な女優サラ・ベルナール主演の演劇《ジスモンダ》のポスターで一躍有名になった頃。
アルフォンス・ミュシャ《ジスモンダ》1895年、リトグラフ、紙
好評を得たこの作品をきっかけに、ミュシャの商品ポスターもまた、街を彩ることに。巧妙に構成された展示空間から立ち現れてくるのは、当時のパリの街路を飾るポスター芸術の世界?それとも自転車の町、堺?
アルフォンス・ミュシャ《ウェイヴァリー自転車》1897年、リトグラフ、紙;セーフティ自転車(ハンバー社製)1892年、シマノ自転車博物館蔵
商品そのものに焦点を当てるのではなく、商品を巧みにイメージ化したミュシャ・スタイルは、商品パッケージのデザインとしても求められるように。ポスターに描かれた商品と、商品の装いとしてのデザイン。展示品から堺アルフォンス・ミュシャ館のコレクションを築いた現代の「ミュシャマニ」の軌跡を辿ってみては。
アルフォンス・ミュシャ《ジョブ》1898年、リトグラフ、紙;ジョブ社製品、OGATAコレクション
そして、ミュシャ・スタイルを愛する人々のために、装飾パネル、絵皿、調度品といった「ミュシャマニアイテム」が続々と登場。
アルフォンス・ミュシャ《月桂樹》1901年、リトグラフ、紙;同《月桂樹》絵皿、1902年頃
なかには、ミュシャのポスターに描かれたモノが、宝飾家ジョルジュ・フーケの手によって宝飾品に変身したものも。
アルフォンス・ミュシャ《メディア》(レプリカ)、1898年、リトグラフ、紙
アルフォンス・ミュシャ《蛇のブレスレットと指輪》1899年、金、エナメル、トパーズ、ダイヤモンド
展覧会の締めくくりは、ミュシャLabo#05「特集!リトグラフ」。リトグラフ研究者・稲田大祐氏(相模女子大学教授)の協力によるミュシャの《罌粟(ケシ)と女性》色分解実験。色の数だけ版を作り、刷り重ねるカラーリトグラフ作品の工程をみれば、ポスターの中に潜む「時間」を感じることができるかも。
3階展示室風景
アフィショマニから「ミュシャマニ」へ、というミュシャ・スタイルの「推し」現象の展開をたどれる本展には、他にも様々な仕掛けが。同時代の画家たちの作品と併せて見ることでミュシャ・スタイルの時代的要素、革新的要素を見いだせたり、ミュシャの図案を合わせ鏡で創作しながら「教師」としてのミュシャの姿に思いを馳せてみたり、カラーリトグラフの制作工程を知ることで、ポスターの線と色のズレに気付いてほくそ笑んでみたり。子供から大人まで異なる視点から楽しめる本展で、あなたもすっかり「ミュシャマニ」に。次回の企画展「ミュシャ館の舞台裏(仮題)」(会期:2024年12月7日~2025年4月9日)では、そんな展覧会が生まれた舞台裏を是非覗いてみてほしい。
[ 取材・撮影・文:田邉めぐみ / 2024年8月6日 ]