帝劇ビルの建替計画により、2025年1月からしばらく休館となる出光美術館。4回連続で開催されているコレクション展の最後は、書画の作品です。
院政期の絵巻からやまと絵、琳派など数々の名品に、プライス夫妻が蒐集した作品の一部が加わり、ますます華やかになった出光美術館の書画コレクション。「出光美術館の軌跡 ここから、さきへIV 物、ものを呼ぶ─伴大納言絵巻から若冲へ」は、出展されている37件中、実に30件が指定品という豪華な展覧会になりました。
出光美術館「物、ものを呼ぶ─伴大納言絵巻から若冲へ」会場入口
展覧会の冒頭は仙厓の《双鶴画賛》から。この作品は、出光美術館の創設者・出光佐三(1885-1981)の最後の蒐集品です。
出光美術館の書画は仙厓や江戸時代の文人画などからスタートしましたが、美術館としての活動がはじまった昭和41年(1966)以降は、日本絵画史を意識した蒐集が続けられるようになります。
(左から)《群鶴図》伊藤若冲 江戸時代 / 《双鶴画賛》仙厓 江戸時代
展覧会の目玉のひとつといえる伊藤若冲《鳥獣花木図屏風》は、はやくもここに登場します。
およそ1センチメートル四方の方眼で画面全体を覆う「升目描き」で、さまざまな動物を表現。方眼は片方の画面だけで約42,800個という、気の遠くなるような作業を経て描かれています。
江戸時代絵画のコレクター、エツコ&ジョー・プライス夫妻が蒐集。それまでの出光コレクションと共鳴し、近年、出光美術館にわたりました。
《鳥獣花木図屏風》伊藤若冲 江戸時代
奥に進むと、酒井抱一による2組の十二ヵ月花鳥図が相対します。晩年の酒井抱一は、12枚でひと揃いの花鳥図を数多く手がけました。
以前から出光美術館が所蔵していた《十二ヵ月花鳥図貼付屏風》は、鮮麗な色彩と明快なかたちが特徴的。プライス・コレクションから加わった《十二ヵ月花鳥図》と比べてみると、モチーフの選択が類似しており、7月に向日葵を描いているのは、この2作だけです。
《十二ヵ月花鳥図貼付屏風》酒井抱一 江戸時代
《十二ヵ月花鳥図》酒井抱一 江戸時代
出光佐三は「これでもかという絵は私は嫌い」と語るなど、侘びた風情の絵を好みました。仙厓が最たる例ですが、清雅な文人画も佐三の嗜好とあいました。
とりわけ佐三が好んだ文人画家が、同じ九州出身の田能村竹田。佐三が本格的に美術蒐集を始めた初期から集めており、昭和初期にはそのコレクションは広く知られるようになっていました。
(左から)重要文化財《雙峯挿雲図》浦上玉堂 江戸時代 / 重要文化財《梅花書屋図》田能村竹田 天保3年(1832)
続いて、出光美術館が誇る2件の国宝がそろい踏み。ふたつが同時に並ぶのは、2006年以来、実に18年ぶりとなります。
《古筆手鑑「見努世友」》は小浜・酒井家から伝来したもので、二帖あわせて全229葉を収録。伝聖武天皇筆「大聖武(大和切)」、伝光明皇后筆「鳥下絵法華経切」をはじめ、「高野切」「栂尾切」など多くの名品が含まれます。
国宝《古筆手鑑「見努世友」》二帖のうち 伝 聖武天皇 ほか 奈良時代~室町時代[会期中展示替えあり]
《伴大納言絵巻》は《源氏物語絵巻》《信貴山縁起》《鳥獣戯画》とともに、四大絵巻と称されている逸品です。
伴大納言こと伴善男による応天門放火事件を描いたもので、今回展示されている上巻には、炎につつまれた門を挟んで、民衆と貴族たちを描写。人々の生き生きとした表情がみどころです。
国宝《伴大納言絵巻》三巻のうち上巻 平安時代 出光美術館
最後の章では、都市生活を謳歌する人々を描いた風俗画を紹介。
《江戸名所図屏風》に描かれている人物は、両画面合わせて、なんと2,000人以上。犬の散歩をする人、囲碁をうつ人など、それぞれがさまざまな事をしており、見れば見るほど楽しくなる作品です。
重要文化財《江戸名所図屏風》江戸時代
「物、ものを呼ぶ」という展覧会タイトルは、陶芸家の板谷波山(1872-1963)が出光佐三に語った言葉から。「なんらかの理由で別れ別れになっている作品でも、そのうちのひとつに愛情を注いでいれば、残りはおのずと集まってくる」という、蒐集家の心得を述べたものです。
個人の蒐集活動からはじまり、まさに「物がものを呼ぶ」ように、大きく幅を広げてきた出光コレクション。この空間で鑑賞できるのも、残りわずかです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2024年9月11日 ]