人の営みが環境に与える影響はどんどん大きくなり、今や重大な局面を迎えていると言われています。
本展は、植物への関心やフィールドワークから生まれた現代美術作品を通して、人間がその環境とともに歩んできた道のりを考察するもの。国内外で活躍する6組のアーティストの作品が並びます。
最初のロイス・ワインバーガー(1947-2020)は、オーストリア生まれ。道路の脇に生える草など、人為的撹乱の影響を受ける土地に生育する植物(人里植物)を創作源に、フィールドワークを重視した活動を続けた美術家です。
巨大な地図による連作《フィールドワーク》は、ハイチに関する書籍を読んだアーティストの、思考のプロセスを書き記した作品。歩行から連想された言葉も並びます。今年4月に永眠したワインバーガー、美術館前の広場にある屋外インスタレーション作品《ワイルド・エンクロージャー》は、この展覧会のために構想された遺作になります。
ロイス・ワインバーガー
(左手前)ロイス・ワインバーガー《ワイルド・エンクロージャー》
露口啓二(1950-)は1990年代末から、北海道の風景と歴史に着目した写真作品を制作しています。
連作《自然史》は、アイヌ文化の拠点であった漁川や沙流川の流域、福島の帰還困難地区などを訪れ、異なる時点で撮影した同じ風景を並べて展示。連作《地名》では、かつてアイヌ語で呼ばれ、カナになり、漢字となった場所において、意味のねじれや切断を意識させる作品です。
露口啓二
ロー・ヨクムイ(羅玉梅 1982-)は香港出身。さまざまな人種や文化が交差する香港をテーマに、詩情豊かな作品を発表しています。
《殖物》は、人間と植物のつながりを3部構成で見せる映像作品。英国統治時代の香港植物園や、昆劇(中国古典演劇のひとつ)の役者が男性から女性へと姿を変えるさまを伏線に、自然の中に人間の情感を描いた戯曲『牡丹亭』を軸としたクライマックスに至ります。
ロー・ヨクムイは、香港のアーティスト・ラン・スペース(アーティスト自身が運営する文化施設)「ルーフトップ・インスティテュート」の共同設立者でもあります。
ロー・ヨクムイ
ミックスライスは、2002年にソウルで設立されたコレクティブ。移住によって生まれる変化やその痕跡、想起される活動に目を向けて、写真や映像、テキスト、アニメーションなどさまざまなメディアを用いた表現活動を行っています。
《つたのクロニクル》は、土地開発で移植された樹木の軌跡をたどる作品群。ダム開発による村の水没を前に移植された樹齢450年のケヤキなど、人間によって翻弄される樹木の姿を追いながら、人間を取り巻く自然・社会環境を分断していく開発の課題を告発します。
ミックスライスは、現在、東京都現代美術館で開催中の「もつれるものたち」展にも出展しています。
ミックスライス
ウリエル・オルロー(1973-)はスイス・チューリッヒ生まれ。綿密な資料調査や現地取材により、歴史や表象が取りこぼしてきたものに目を向け、記憶を喚起する空間的な作品を制作してきました。
スライドの作品《グレイ、グリーン、ゴールド》は、南アフリカのネルソン・マンデラがかつて収監されていたロベン島刑務所の菜園と黄金色の極楽鳥花の栽培をとりあげた作品。占領の歴史や今日に至る貿易交流の関係を、植物の視点を通して読み解きます。
ウリエル・オルロー
最も印象に残った作品が、上村洋一(1982-)の新作《息吹の中で》。上村は「瞑想的な狩猟」として、世界各地でフィールドレコーディングを実施しており、今回の作品は知床半島の流氷調査から、流氷自体が生む環境音や、「流氷鳴り」を口笛などで再現した音を混成し、瞑想的なサウンドスケープを制作しました。
観客は小さなブラックライトを持って真っ暗な展示室へ。闇の中で没入感に浸りながら「自然とも人工とも言えない、掴みどころのない曖昧なもの」を探っていきます。
上村洋一
展覧会名の「道草」は、寄り道をすることと、道端の植物、両方の意味から命名されました。前者はふだんは意識しない機微や変化を捉えることに繋がり、後者は人間に身近なエコロジーを感じさせます。
進歩の歩みを少し緩めて、人間をとりまく現在の環境に改めて目を向ける事が必要なのではないか、という思いが込められています。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年8月28日 ]