医学博士で浮世絵研究家の故・松井英男氏が創設した礫川浮世絵美術館。小ぶりな私設美術館ながら質の高い展覧会で、ファンに愛されるスポットでした。2013年末に松井氏が急逝、晴子夫人も後を追うように亡くなり、美術館は事実上の閉館に。コレクションは他に移管される事がほぼ決まっているため、礫川浮世絵美術館所蔵の作品展としてはこれが最後の機会となります。
展覧会のタイトルどおり、冒頭で展示されているのは喜多川歌麿・溪斎英泉・葛飾北斎。松井氏の浮世絵コレクションは17世紀から19世紀まで多岐に及びますが、まずは人気絵師の代表的な作品から始まります。
会場冒頭の畳のエリア。前期(10月25日まで)は、歌麿1点、英泉と北斎が2点づつ並びます。美人画の名手として知られる歌麿。「美人の顔は近くで見たい」という庶民の気持ちを知っていたのか、歌麿は役者絵の手法だった大首絵を美人画に取り入れ、一斉を風靡しました。
ここでは同時期に活躍したライバルとして、窪俊満と鳥文斎栄之の作品と並べて紹介されています。
歌麿が並ぶのは会場2階。歌麿は女性の表情のわずかな変化を描く事で、その内面まで表現しようとしました。釣り上がった目、下顎を突き出す面長の輪郭、そして猫背と、極めて特徴的な美人を描く英泉。英泉は松井氏の思い入れが強い絵師で、1997年に
太田記念美術館で開催された英泉の没後150年記念展でも論文を執筆しています。
英泉は菊川英山の門下。当初は英山風の穏やかな美人を描いていましたが、徐々に独自のスタイルを確立。じっとりとした退廃的な描写は、他の追随を許しません。
溪斎英泉の作品江戸時代末期には国貞(三代豊国)、広重、国芳と浮世絵界を席巻した歌川一門。一門の祖は歌川豊春で、ヨーロッパ由来の銅版画をベースにしたと思われる、遠近感あふれる浮世絵を描きました。
会場には豊春の作品をはじめ、孫弟子にあたる国直、国芳、広重、さらに後の世代の月岡芳年、楊洲周延、落合芳幾まで。その勢力は明治時代まで続きました。
幕末の浮世絵界を席巻した歌川一門松井コレクションは版本や摺物(限られた人に配るための非売品)も充実しており、北斎や広重など一流絵師の作品が並びます。
ここでも注目は英泉。腕をぎゅっと掴む≪夢多満佳話≫、美人の大首絵が並ぶ≪艶本婦じの雪≫と、続きが気になるところです。
版本と摺物礫川浮世絵美術館の前には、豊洲にあった平木浮世絵美術館も2013年に閉館しており、実は「都内でいつでも浮世絵が見られる美術館」は少なくなってきました。「
春画展」に注目が集まりますが、春画を深く知るためにも、ぜひ春画以外の浮世絵もお楽しみください(ちなみに歌麿・英泉・北斎は、いずれも
春画展にも作品が出ています)。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2015年10月1日 ]