“布”をテーマにしたアートイベント「FUJI TEXTILE WEEK 2022」が、山梨県富士吉田市ではじまりました。富士吉田市は、1000年以上続く織物産業の歴史を有する織物産地。近代化の流れの中で減少していく織物生産に対して、産業の再生を図るためにプロジェクトが立ち上がりました。
FUJI TEXTILE WEEK 2022 会場
会場では、アーティストによるテキスタイルをテーマにしたアート展「織りと気配」と、産地の歴史や現代のテキスタイルシーンを紐解く産地の展示会「WARP&WEFT」の2本立てで展開。
美術評論家・南條史生がディレクターを務める「織りと気配」では、安東陽子、落合陽一、シグリッド・カロン、パトリック・キャロル、小林万里子、高須賀活良、YUIMA NAKAZATO、村山悟郎、エレン・ロットが出展しています。
喫茶店の跡地にインスタレーションを展開したのは、ロサンゼルスを拠点に活動しているのパトリック・キャロル。 終末治療を行っていた父の死とコロナ禍という2つの大きな出来事から、制作を開始します。ライターでもあることを活かして言葉が付けられたニットには、彼自身の内面と外の世界との両面を表しています。
パトリック・キャロル 《Memoriam/追悼》
質屋に使われていた古い3階建ての蔵には、安東陽子による滝のような糸の束を配置。 目にみえない存在を表すために使用された縦糸と床や天井部に使われている横糸は、天気や時間によってカーテンの見え方が変わります。公共施設や個人住宅など建築家との制作も数多く行ってきた安藤ならではの、階段の昇降など空間を活かした展示になっています。
安東陽子 《Aether 2022》
糸の問屋街も多く立ち並んでいた旧糸屋の空間にあるのは村山悟郎の作品です。昨年のテキスタイルウイークに出展していたた手塚愛子の提案により、自身の素描をテキスタイル作品として作りあげた村山。
絶えず変化していく織りの組織をつくりたいと考えられたこの作品。壁面には、1枚の布の制作に必要となる約25万枚もの紋紙の一部が飾られています。
村山悟郎 《頑健な情報帯》
村山悟郎 《頑健な情報帯》
村山の作品は、旧文化服装学院の2階にも展示されています。ツリー構造に編み上げた紐をキャンバスに見立て、その上にドローイングを展開した立体作品。立体でもありますが、平面作品とも彫刻ともいえる、いくつかの表現領域を横断する実験的な作品になっています。
村山悟郎 《自己組織化する絵画<過剰に>》
隣の部屋では、アーティスト兼デザイナーとして活動するエレン・ロットの作品を展示。富士吉田市の街を散策し、ストラクチャーとテキスタイルの融合を感じられる“ファサード”に注目した話すエレン。閉じられたファサードからは機織りの衰退も感じさせます。
エレン・ロット 《ON GOING》
1階に展開されているのは、ものづくりのルーツを探る制作を行ってきた高須賀活良の作品です。 “土からはじまったもの”から“土に返す”ことまでテーマとして、10年前に制作されたものと今年の制作を展示し、その過程をインスタレーション作品として展開しています。近寄ると見えてくるシャツやカーテンは、糸に還元し自身で手織りでテキスタイルに織りなおしたものです。
高須賀活良 《NEGENTROPY(ネゲントロピー)》
“生命の循環”をテーマに多様な素材を組み合わせて制作を行う小林万里子の作品は、月江寺池に現れます。人が馬から下りて徒歩でなければ先に進めない地点を意味する登山用語の“馬返し”から、馬と人々とのかかわりに着目。描かれているのは馬ですが、馬だけでなく人間や生き物全体の姿を表しています。
小林万里子 《足を汚し、世界を開く》
小室浅間神社では、メディアアーティスト・落合陽一の作品を展示。織り機の原点にコンピューターと共通する原理があることに注目し、小室浅間神社に伝わる木花開耶姫の伝説を描いた神馬が神楽殿に設置された大型LEDから登場します。富士吉田のテキスタイル産業の興隆と神話、現代のテクノロジーと未来へのビジョンが重層的に込められています。
落合陽一 《The Silk in Motion》
聖徳山福源寺を彩るのは、オランダのアーティスト、シグリッド・カロンの作品。富士吉田に滞在をした際に触れた、街並みや歴史、街の持つ雰囲気や色づかいから集めた数々のインスピレーションを基にサイトスペシフィックなインスタレーションです。
日本の伝統とアートを合わせたいという想いから、富士吉田産とオランダ産の素材を使用。カロン作品の特徴である現代的で遊び心のあるモチーフと象徴的な配色は、参道だけでなく本堂やその中にも作品は続きます。
シグリッド・カロン 《Details of Every Day Gold》
シグリッド・カロン 《Details of Every Day Gold》
日本のファッション業界でも最も注目される若手デザイナー、YUIMA NAKAZATOの作品にも必見です。YUIMA NAKAZATOの作品は、旧・富士製氷の氷室を東京理科大の建築学生たちの手によってリノベーションした建物で展示されています。
YUIMA NAKAZATOは、テクノロジーとクラフトマンシップを融合させたものづくりを提案。2016年7月には森英恵氏以来、日本人として史上2人目となる「パリ・オートクチュール・ファッションウィーク」の公式ゲストデザイナーにも選ばれ、コレクションを発表し続けています。
YUIMA NAKAZATO 《Behind the Design》
会場には、2023年1月のパリオートクチュールウイークの準備のために作られた4分の1スケールのスタディーモデルがインスタレーションとして並びます。素材やデザインを調査探索し、富士吉田の前田源商店の柔らかいオーガニックコットンを生地に用いて制作された模型。中央の部屋の青い衣装に身を包んだ3体は、2022年の新作コレクションです。
YUIMA NAKAZATO 《Behind the Design》
今年11月に空き家をリノベーションしてオープンしたカフェ「FabCafe Fuji」では、産地の展示会「WARP&WEFT」を行っています。
南蛮貿易によって日本に伝わった“カイキ”。江戸時代に倹約を推奨するために出された奢侈禁止令により発展した、鮮やかな裏地を織っていた産地が甲斐であったため「甲斐絹」として全国に広まります。 甲斐絹の糸を織る職人がいなくたった現在、その技術をもとに展開させた傘やリネン、ネクストが会場には並んでいます。
FabCafe Fuji 産地展「WARP & WEFT」
地元産業と結びついたアートのイベントとして昨年からはじまった「FUJI TEXTILE WEEK」。ディレクターの南條史生は「このイベントの強みは、地場のテキスタイル産業と強く結びついていること。芸術祭としては最小規模だが、その点で成功していると言える。エコシステムのようにつながることで、地域の活性化や外から人を呼びこみ、将来的にさらに発展していきたい」と語っています。
富士吉田はレトロな街並みや富士山の見えるフォトスポットだけでなく、これからのアートの新たな展開としても期待が高まりそうです。
[ 取材・撮影・文:坂入 美彩子 2022年11月22日 ]