江戸時代中期、知識人たちに人気を博した文人画。 その2大スター、池大雅と与謝蕪村の作品が一度に見られるということで、名古屋市博物館へ行ってきました。
大雅と蕪村が競演した国宝「十便十宜図」を中心に、二人の個性を対比させ、博物館のある「名古屋」と「十便十宜図」との関わりを交えながら文人画の魅力を探っていく展覧会です。
名古屋市博物館外観
エントランス看板
展示のスタートは「文人画とは?」
同時代に活躍した円山応挙や伊藤若冲に比べ、地味で少しとっつきにくいと思われがちな文人画。 大雅、蕪村以前の日本での文人画の成り立ちが丁寧に解説されています。
展示風景 李漁序、王概編『芥子園画伝 初集』名古屋市蓬左文庫蔵
当時の画壇の中心、狩野派の型に飽き足らくなった画家たちは、新しい技法を模索します。そこで注目を集めたのが中国で流行していた文人画でした。 文人画は絵の巧拙は二の次で、作家の心情や理想を重視したもの。 ところが鎖国のため、手本となる本場中国の文人画はなかなか手に入りません。 長崎から入ってきた『芥子園画伝』などの絵手本を参考にしながら、日本の文人画は中国とは違った形で独自の発展をたどることになります。
ここで、「早熟の天才絵師」池大雅が登場します。
展示風景 池大雅「前後赤壁図屏風」右隻 国(文化庁保管)
展示風景 池大雅「前後赤壁図屏風」左隻 国(文化庁保管)
幼い頃から「神童」と謳われた池大雅27歳の作品。 この時点で大雅の作風はほぼ完成しているような風格さえ感じられます。 「芥子園画伝」の要素を取り入れながらも、スケールの大きな作品に仕上がっています。
展示風景 与謝蕪村「山水図屏風」京都国立博物館蔵
与謝蕪村「山水図屏風」部分 京都国立博物館蔵 近寄ってみると、丁寧で温かみを感じる筆づかいであることが見てとれます
蕪村は俳人として有名ですが、実は画家として身を立てていました。 この「山水図屏風」は蕪村49歳の作品。40歳手前で本格的に画家を志した蕪村は、大雅とは対照的な「遅咲き」の画家でした。円熟期は60代といわれています。
同じ時期に京都で活動していた大雅と蕪村でしたが、直接の交流はなかったようです。 その二人を結び付けたのが尾張国鳴海宿(現名古屋市緑区)の豪商・下郷家でした。 代々俳諧などの文事に明るかった下郷家。 六代目学海は、当時の文化人達とも広く接点を持ち、大雅と蕪村の競作「十便十宜図」は下郷学海が注文主と考えられています。
展示風景 池大雅「千代蔵先生宛書簡」個人蔵
池大雅が下郷学海に送った手紙。病で注文品が遅れていることへのお詫びと、贈られた書籍や金子のお礼が書かれていて、その人間味になんだか親しみを感じてしまいます。
展示風景 手前:「竹画賛文様帷子」 奥:「判じ物団扇」 いずれも個人蔵
富士登山の餞別として大雅に無地の浴衣を贈った下郷学海。 大雅は竹文様を染め、それを羽織って登山し、記念に学海に進呈したと伝わっています。
そしていよいよ「十便十宜図」。 中国の文人・李漁が、人里離れた別荘での生活を詠った「十便十宜詩」を主題に描かれました。 自然の恩恵を受けて便利であることを描いた大雅の「十便図」、自然の宜しきことを描いた蕪村の「十宜図」の2冊の小さな画帖に仕立てられています。
蕪村のもうひとつの重要なレパートリー「俳画」も紹介されていました。 文人画とはひと味違った飄々とした味のある絵です。
展示風景 手前:与謝蕪村「盆踊図賛扇面」愛知県美術館蔵(木村定三コレクション) 奥:与謝蕪村「野ざらし紀行図屏風」個人蔵
松尾芭蕉の信奉者であった蕪村は、芭蕉の名作を永く世に伝えるため「おくのほそ道」の絵巻化にも力を注ぎました。 蕪村の絵の得意先に、さりげなくこの絵巻を売り込んでいる手紙が資料として展示されており、そんな人間らしい一面が垣間見えて興味をそそります。
展示風景:与謝蕪村「奥の細道図巻」上巻(旅立ち)京都国立博物館蔵
展示風景:与謝蕪村「奥の細道図巻」上巻(須賀川)京都国立博物館蔵
早くから自身のスタイルを確立していた大雅と、「十便十宜図」を経て画風を確立していった蕪村。ふたりの脂の乗り切った時期の作品が並びます。
展示風景:池大雅「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」静岡県立美術館蔵
池大雅「蘭亭曲水・龍山勝会図屏風」部分 静岡県立美術館蔵
迫力ある風景の中に、何やら楽しそうな人々の姿がそこかしこに描かれています
最後に蕪村「山野行楽図屏風」の精巧なレプリカが畳の上で直に鑑賞できるように展示されていました。
展示風景:与謝蕪村「山野行楽図屏風」高精細複製(原本:東京国立博物館蔵)
畳に座ると描かれている風景や人物が迫ってきて、迫力が違います。 朝~夜と変化していく光の強さによって絵の見え方が変わっていく様子も体験できます。 これが屏風本来の見えかたなのかと、新たな発見でした。
エントランス
「大雅、蕪村の作品が並んでご覧いただけるこの機会に、ぜひ二人の個性を感じとってもらえれば。」と、学芸員の横尾拓真さん。 文人たちの理想の世界を描いた文人画は、今で言う究極のスローライフ。
忙しい毎日の合間に、大雅、蕪村の世界に浸ってほっとしてみませんか。 期間によって一部の作品が展示替えされますので、展示スケジュールを確認してぜひお出かけください。
[ 取材・撮影・文:ぴよまるこ / 2021年12月21日 ]
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