過去の巨匠になぞらえて「画家の中の画家」とも評されるピーター・ドイグ。本展は初期から最新作まで72点で、その歩みをたどります。
展覧会は3章構成で、1章「森の奥へ 1986年~2002年」から。ピーター・ドイグはスコットランドのエジンバラ生まれ。幼少期はカリブ海の島国トリニダード・トバゴとカナダで育っており、その影響は後年の作品から感じることができます。
ロンドンで美術を学び、カナダで舞台美術などの仕事をしながら絵画を制作。再びロンドンに戻って、90年にチェルシー・カレッジ・オブ・アート・アンド・デザインで修士号を取得しました。
本展は、かなり早い時期の作品も出展されているのも特徴的。冒頭の《街のはずれで》は、全く無名だった時代の作品です。ムンクを思わせる奇妙なかたちの樹木、男は友人をモデルにしています。
90年代の英国は、当時若手だった現代美術家が、ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBAs)として注目を集めていた時期。
ダミアン・ハースト(1965-)によるホルマリン漬けの動物、トレイシー・エミン(1963-)によるコンドームが散らかるベッドなど、センセーショナルな立体作品に比べると、ドイグの絵画は地味にも思えます。
この時期のテーマは、主にカナダの風景です。ただ、映画や広告などからイメージを参照して描いているため、実際の風景とは距離があり、どこか不気味な印象を抱かせます。
1992年に英国の美術雑誌「フリーズ」(frieze)で作品が取り上げられたのに続き、94年にはターナー賞にノミネートされた事で、一躍トップランナーに。
《のまれる》は1990年の作品。2015年のクリスティーズ・オークションで、約2,600万米ドル(当時約30億円)で落札されました。
第2章は「海辺で 2002年~」。ドイグは2000年にトリニダード・トバゴでの滞在制作に招待された後、2002年には同所で本格的な活動を開始。幼い頃に暮らしたこの島国で、制作に没頭していきます。
「島国での制作」から、タヒチ時代のゴーギャンと比較される事がありますが、ゴーギャンと違い、ドイグはこの島国を理想郷として捉えているわけではありません。トリニダードで日常的に目にするモチーフも使いますが、全く関係ないイメージも重ねながら、作品を練りあげています。
この時期から、海辺の風景がモチーフに。また画面も、厚塗りから薄塗りに変化していきます。
前章の《のまれる》を含め、多くの作品に登場するモチーフがカヌー。映画「13日の金曜日」(第1作)の、主人公がカヌーの上で襲われるシーンからの着想です。不穏な気配は、映画の影響もあるのでしょうか。
第3章は「スタジオフィルムクラブ ─コミュニティとしてのスタジオフィルムクラブ 2003年~」。
スタジオフィルムクラブとは、ドイグのスタジオで定期的に開催されていた映画の上映会。誰でも無料で参加でき、上映の後は懇談や音楽ライブになる、文化的サロンのようなプロジェクトです。
ドイグは近隣住人などに上映会を周知するため、ドローイングを制作。一般的な映画ポスターに見られる説明はなく、ここでも独特の世界観を見ることができます。
若い方の関心を集めそうな展覧会で、会場は撮影も自由です(フラッシュ、三脚、自撮り棒、接写、動画は不可)。巡回はせず、東京のみでの開催となります。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年2月26日 ]