大気や水蒸気などをモチーフにした作品で知られる青木野枝さん。展覧会は新作をはじめ、石膏を用いた「原形質」シリーズ、最初期の丸鋼で造形した彫刻などを紹介し、創作の全容に迫ります。
青木さんは1958年、東京都生まれ。武蔵野美術大学で彫刻を学び、美術館での個展や芸術祭などで積極的に活動しています。府中市美術館では2007年に公開制作を行いました。
展示は1階のエントランスホールから始まります。入口右手の《立山/府中》は、市民から集めた石けんを積み上げた作品。使った人の生活の痕跡が残る、石けん。重なった石けんからは、名も知らぬ人たちの時間と記憶が透けてくるようです。
展示室入口近くの《untitled》は、1981年、大学院に進学した時期に制作された作品です。この頃は、既成の鉄の丸棒を使っていました。線でかたちをつくり、内部は空洞。軽やかな作風は、後の作品にも通じます。
展示室に入ると、右手と左手奥に《霧と鉄と山 ― Ⅰ》《霧と鉄と山 ― II》。リング状の円が繋がり、人の高さをはるかに超える作品ですが、こちらも内部には大きな空洞が。展示室の空気が、作品に取り込まれているようです。
リング状のパーツは、青木さん自身が鉄板から溶断して切り出しています。「鉄の断面が初めてこの世界の空気にふれたかたち」であるバリ(溶けた鉄がついたもの)も、残ったまま。近くで見ると、鉄のワイルドさも感じます。
青木さんの作品は、会場にあわせて制作されます。事前のリサーチでイメージを膨らませますが、あえて完成形は決めません。パーツをスタジオから現場に運び、最後は現場で組み上げながら決定。最終的なかたちは「水が平らになるみたいにすーっとその地点にたどり着く」といいます。
展覧会が終わると、解体されて搬出。作品は、溶断・搬入・組立・解体・搬出というサイクルで進む事となります。大きな流れの中で生まれ、そして消えていくさまは、生命の連鎖を思わせます。
空気が通り抜けるような鉄の作品に対し、左手には巨大な白い塊が。石膏でできた《曇天1》《曇天2》で、表面には傷跡のようなテクスチャがつけられています。
青木さんが石膏の作品を手掛けるようになったのは、2012年の個展から。鉄とは異なる新たな表現として、「原形質」シリーズが発表されました。
山から触手が伸びるような「原形質」シリーズに続く《曇天1》と《曇天2》は、同じ石膏ですが、かたちはとてもシンプル。長崎県美術館で生まれた作品です。原爆が投下された長崎。曇天のため目標が変わった事と、山により被災を免れた人がいる事もあり、長崎への想いがかたちになりました。
展覧会の公式図録「流れのなかに ひかりのかたまり」は、青木さんの1981年からの活動を記録写真で振り返る作品集です。アトリエでの制作風景や展示設営のドキュメントなど、これからアートの世界を目指す若い方にもおすすめです。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2020年1月7日 ]