若林奮(わかばやし いさむ 1936-2003)は戦後日本を代表する彫刻家です。町田(東京都)に生まれ育ち、1959年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業した若林が彫刻家として活動を始めたのは1960年代初めのことでした。鉄の塊をグラインダーで削ったり、面にして継ぎ合わせて生み出す形態は、その変幻自在なイメージによって、見る人に様々な想像を喚起させてきました。
1970年前後から国内の主たる野外彫刻展などで受賞を重ねた若林は、国外でも2度のヴェネツィア・ビエンナーレ(1980 年、86年)やドイツ、マンハイム市立美術館ほかでの個展(1997-98年)などで高い評価を得ていきますが、同時代の美術運動から距離を保ちつつ、常に独自の思索を続けた作家でした。
若林がその半世紀余の創作を通じて追求したこと、それはわたしたち人間と自然とがいかなる関係にあるかを問うことでした。鉄をはじめ、銅や鉛、木、石膏、硫黄などの様々な素材によって、自然の光、水、大気などの気象や、山や川などの地勢の変化、あるいは植物の生態、犬の呼吸、ハエの飛翔といったおよそ彫刻にしがたい対象を作品に取り込みながら、手のひらほどの小品から巨大なインスタレーションまで彫刻の可能性を追求していきました。
「自分が自然の一部であることを確実に知りたい」とする若林は、人間と自らを取り囲む外界との関係を把握する架空の物差しとして、1977年頃に「振動尺」という彫刻の概念を生み出します。彫刻を自然の生命の「振動」を感じ取るための手がかりとする発想は、やがて1980年代から晩年に続く一連の「庭」の制作へと展開します。
「飛葉と振動」は若林が最晩年の彫刻に名づけた言葉です。木の葉が飛来し、光や大気と共に自らも振動する場。そこは、自然と人間との共生を求め、思索し続けてきた作家がたどり着いた空間であり、庭を想起させます。
神奈川県立近代美術館では1973年、1997年に続く3回目の個展となります。作家没後に開催される本展は、これまで充分に紹介されてこなかった若林の庭をめぐる制作に光をあてるものです。《軽井沢・高輪美術館の庭》(1982-85年)、《神慈秀明会神苑みそのの庭》(1986-96 年)、《緑の森の一角獣座》(1995-2000年)、《4 個の鉄に囲まれた優雅な樹々》(2000年)の4つの庭を中心に、関連する彫刻約100 点のほか、水彩・素描約140 点、さらに関係書籍・資料を通して、若林の創作世界を見つめ直す試みです。