福沢一郎(1898-1992)は1924年にフランスに渡り、絵を学びました。彼が1931年の独立美術協会展にフランスより出品した絵画は日本におけるシュルレアリスム絵画の始まりと言われ、若い画家たちに大きな影響を与えました。これらの作品はエルンストの手法を応用したもので、科学雑誌の挿絵などをもとに、様々な人や物を組み合わせて描いたものです。福沢は自らの制作、発表と並行して、1936年秋頃、彼は本郷・動坂の自宅に「福澤絵画研究所」を開設しました。研究所には福沢やシュルレアリスムに興味を持つ若い画家たちが美術雑誌の広告や研究所の看板を見て集り、さらに比較的近所にあった東京美術学校、東京帝国大学の美術サークルの学生たちも朝から晩まで自由に学んでいました。ここでは絵画指導と共に瀧口修造らの評論家による講演会も開催されています。しかし、1941年、福沢はシュルレアリスムと共産主義との関係を疑われ、瀧口と共に逮捕されました。同年釈放されますが、研究所は5年足らずで閉鎖になりました。その後戦争を経て福沢と研究生たちは美術や教育などの分野で活躍し、日本の戦後文化を創造する仕事に携わっています。
本展は福沢一郎と早瀬龍江、山下菊二、高山良策ら、研究所をつくり、学んだ約30名の人々の作品と資料をまとめて紹介する初の試みになります。日本の近代芸術に大きく貢献する人たちがかつて学んだ「福沢一郎絵画研究所」。福沢一郎を中心に日本の近代絵画とシュルレアリスムについて作品や資料とともに考える、またとない機会です。