「略画」とは、対象の形を省略し簡略な筆致で描いた絵のことを指します。葛飾北斎が『北斎漫画』をつくる際、ヒントにしたと言われる鍬形蕙斎の『略画式』の序文には、「略画」についてさらに踏み込んで次のような言及があります。「形によらず精神を写す、形をたくまず略せるを以て略画式と題す」。この言葉からは、蕙斎の略画が単純に簡略な絵というだけでなく、細部は省略しながらも対象の核心を描きあらわすものとして考えられていたことがわかります。
葛飾北斎は50歳を過ぎた頃から『北斎漫画』をはじめとする絵手本の制作に力を注ぎ始め、そのなかでしばしば略画を用いました。略画は、対象を小さく簡潔に描くため1ページの中で複数の画題を紹介することができる点で絵手本に適していたのでしょう。例えば、いろは順に画題を紹介する『画本早引』では、それぞれの見開きページに30点から40点ほどものテーマを略画で描きこんでいます。ただし、略画が選択されたのは限られた紙面のなかでたくさんの画題を紹介できるという理由だけではなさそうです。
北斎が手がけた櫛やキセルの図案集『今様櫛きん雛形』には、やはり略画の図案が紹介されています。当時の職人が実際にデザインに使用していたと考えられているこの図案集の中に略画が紹介されていることからは、略画の形そのものが意匠的な魅力をもつものとして江戸時代の人々にも受け止められていたことが窺えます。
こういった略画は、それまで北斎が手がけていた読本挿絵などの緻密な描写とはまったく異なるものですが、細部が省略されているゆえの形の面白さは現代にも通じるものでしょう。
本展では、館蔵の版本作品のなかから略画で描かれた人物や動植物を展示し、略画の世界をご紹介します。細部が省略されていても対象の特徴が失われずに表現される略画の世界をお楽しみ下さい。