中国書画史におけるひとつの頂点といえる、宋時代。日本では、南宋時代(1127~1279)の作品が中世以来の唐物愛好の中で賞翫され、北宋時代(960~1127)の文物も同時代にあたる平安後期に将来されています。
その北宋時代を代表する画家・李公麟による幻の真作「五馬図巻」をはじめ、北宋時代の書画の優品を一堂に集める展覧会が、根津美術館で開催中です。
根津美術館 特別展「北宋書画精華」会場入口
展覧会のキャッチコピーが「きっと伝説になる」としているように、北宋の書画芸術に焦点を当てた展覧会は、日本で初めて。報道内覧会には中国からのメディアも数多く見られました。
展覧会は第1章「山水・花鳥」から。北宋時代には多くの山水・花鳥画家があらわれ、後の時代に続く典型をつくりました。
燕文貴は、北宋前期の画院画家です。《江山楼観図巻》の細部に目を凝らすと、人々の営みが描かれています。
《江山楼観図巻》燕文貴 中国・北宋時代 10〜11世紀 大阪市立美術館蔵
李成は、董源・范寛とあわせて「北宋三大家」と称される山水画家です。《喬松平遠図》では、前方の大きな松と、後方の荒涼とした平原の対比により、空間の広まりが表現されています。
岩や樹木の表現も含め、李成の画風をもっともよく伝える作品です。
(左から)《喬松平遠図》李成(款)中国・五代〜北宋時代 10世紀 三重・澄懐堂美術館蔵 / 重要文化財《寒林重汀図》(伝)董源 原本 中国・五代 10世紀 兵庫・黒川古文化研究所蔵
第2章は「道釈・仏典」。道釈は、道教や仏教に関係のある人物画のことです。日本には仏典をはじめ、多くの北宋時代の仏教文物がのこっています。
敦煌莫高窟から発見された《薬師如来像》は、おおらかな描写がユーモラス。当時の市民階級のための仏画の姿を今に伝える、貴重な作品です。
《薬師如来像》中国・五代 天成4年(929)兵庫・白鶴美術館蔵
《十王経図巻》は、『十王経』の経文を抽出し、その内容に沿った場面を描いた図巻です。
没後七日ごとの七度と、百カ日、一周忌、三回忌の計10度にわたり、冥界で亡者の罪業を裁くのが十王。唐時代末から五代にかけて、十王信仰が成立しました。
重要文化財《十王経図巻》中国・五代または北宋時代 辛未2年(911または971)奥書 大阪・和泉市久保惣記念美術館
北宋~南宋に活躍した中国臨済宗の高僧・圜悟克勤が、弟子の虎丘紹隆に与えた印可状は、通称「流れ圜悟」と呼ばれます。現存最古の禅僧墨蹟として、古来から著名な茶人の間で尊重されてきました。
「流れ圜悟」は印可状の前半部分で、後半は伊達政宗の手に渡ったことは分かっていますが、現所在は不明です。
国宝《印可状(流れ圜悟)》圜悟克勤 中国・北宋時代 宣和6年(1124)東京国立博物館蔵
展示室2に進み、第3章は「李公麟」。北宋を代表する画家・李公麟(1049?~1106)の傑作が並ぶ、奇蹟の空間です。
《五馬図巻》は、これまでモノクロの印刷物のみで知られていましたが、約80年ぶりに再出現。2019年の特別展「顔真卿」(東京国立博物館)に出展されました。
西域諸国から北宋に献じられた5頭の名馬を描いたこの作品。的確な人物描写は印刷物でも知られていましたが、精緻な筆使いや繊細な彩色は実物ならではです。
重要美術品《五馬図巻》李公麟 中国・北宋時代 11世紀 東京国立博物館蔵
アメリカ・メトロポリタン美術館からも李公麟の作品《孝経図巻》が来日しました。白描画を得意にしたという李公麟のイメージを強く表す作品として、世界的に知られています。
儒教の聖典である十三経のひとつ、『孝経』(今文)の内容を章ごとに絵に描き、本文を書いたもの。ところどころに墨の濃淡や点描風の描写があり、水墨山水画が大成された北宋時代にふさわしい作品といえます。
ふたつの作品は、元時代のコレクター、王芝が所蔵していた事がわかっています。
《孝経図巻》李公麟 中国・北宋時代 元豊8年(1085)頃 アメリカ・メトロポリタン美術館蔵
中国では清朝崩壊にともなって、多くの古美術が危機に瀕しましたが、それらを日本の近代の実業家が熱心に蒐集したこともあって、多くの重要作がアジアの地にとどまりました。
目の前にある作品は、900年以上に渡って守り伝えられてきたものばかり。あらためて、東洋美術の歴史の長さと、それらを愛してきた人々の想いも感じられる展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年11月2日 ]