源氏物語や平家物語など、いにしえから読み継がれている物語。物語として成立した後、ほどなくして絵画でも表現されたと思われます。
絵画化された物語に焦点を当て、さまざまな表現を楽しんでいく展覧会が、根津美術館で開催中です。
この季節は特に映える、根津美術館のエントランス
会場は第1章「神仏と高僧のものがたり」から。お釈迦さまの物語や伝記は、古くから「過去現在因果教」などで描かれましたが、なかでも入滅の場面を描いた「涅槃図」は、数多く制作されました。
写真の重要文化財《仏涅槃図》は、興福寺大乗院絵所の吐田座に所属した絵師、行有・専有父子の作であることがわかる貴重な遺例です。
(左から)重要文化財《仏涅槃図》行有・専有筆 南北朝時代 康永4年(1345) / 重要文化財《釈迦八相図》鎌倉時代 13世紀
高僧や、死後に神になった人物の行状や奇蹟の物語も、絵画になりました。
《北野天神縁起絵巻》は、菅原道真の生涯と死後の祟り、北野社の創建などを絵画化したものです。天神信仰の流布を背景に、多くの遺品があります。
重要美術品《北野天神縁起絵巻 巻第四》室町時代 15世紀
第2章は「源氏絵と平家絵」。源氏物語の原典は、11世紀初頭に成立。絵画化もほどなくしてはじまったとみられています。冊子、絵巻物、画帖、屏風絵など形態もさまざまで、日本の絵画史上、源氏物語は最も普及した古典的画題といえます。
写真の《源氏物語図屏風》は、右隻が「若紫」「若菜下」「蓬生」「若菜上」を、左隻が「真木柱」「夕顔」「総角」「浮舟」の場面。物語の筋には関係なく、各場面の季節の順に並べています。
《源氏物語図屏風》桃山~江戸時代 17世紀
13世紀前半の成立とされる平家物語を描いた絵画も、同様に多様な展開を見せました。
写真の《平家物語画帖》は、3帖の折帖に、120場面の小型の扇面画を貼り込んだ作品です。「下帖24 那須与一の事」は弓の名手、那須与一の活躍を描いた場面。波打ち際の馬上から射た矢を、扇の的にみごと命中させました。
《平家物語画帖》江戸時代 17世紀
最後の第3章は「お伽草子と能・幸若舞の絵画」。お伽草子は、およそ14世紀から17世紀にかけて成立した短編の物語類です。舞の本は、語りを伴う舞曲である幸若舞の台本を読み物にしたもので、冊子や絵巻物として鑑賞されました。
《妖怪退治図屏風》は、能の『田村』で語られる、田村丸(坂上田村麻呂)の鬼退治の場面であることが最近判明した作品。能を描いた絵画で大画面の作品は貴重で、画風から岩佐又兵衛の工房作と推定されます。
《妖怪退治図屏風》伝 岩佐又兵衛筆 江戸時代 17世紀 個人蔵
最後にご紹介するのは、初公開の《舞の本絵本断簡》。42番のセットで誂えられたもので、伝来途中で各丁(表裏2頁)ごとに切り離され、詞のみの丁は失われています。
絵画化の少ない曲を含む、貴重な遺品です。
《舞の本絵本断簡》江戸時代 17世紀
今年は秋に、やまと絵に焦点を当てた大型展、特別展「やまと絵-受け継がれる王朝の美-」も開催されます(東京国立博物館 10/11〜)。予習の展覧会としても、おすすめいたします。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年7月14日 ]