国際社会のなかで中国の存在感は大きくなっていますが、江戸の人々にとって中国の位置付けは、現代とくらべものにならないほど巨大なものでした。
日本で花開いた浮世絵に見られる、中国文化との意外なつながりを読み解く展覧会が、太田記念美術館で開催中です。
太田記念美術館 取材日には入口に門松も
展覧会は1章「18世紀の浮世絵と中国 初期浮世絵から寛政の改革」から。浮世絵は世相を反映しながら発展しましたが、同時に中国由来の伝統的な画題や、新しい技法や表現も取り入れられていきました。
《毛延寿図 王昭君図》は、中国の逸話がテーマです。美貌で知られた王昭君。画家の毛延寿が描く絵をもとにして、元帝が側に召す女性を決めることになります。
元帝の心を掴むために多くの女性が賄賂を出すなか、王昭君は拒んだために醜く描かれ、夷狄である匈奴に送られてしまいました。
鳥文斎栄之《毛延寿図 王昭君図》寛成中期-文政12年(1793-1829)
《浮絵中国室内図》は、西洋の透視図法をとり入れた作品です。中国の蘇州版画を模写した作品「蓮池亭遊楽図」と、天井や床の形状や構図が似ています。
あきらかにパースが怪しい部分が散見されますが、中国版画からもたらされた透視図法を参考に、浮世絵師たちが新しい表現として取り入れた様子が分かります。
1740年代以降、これらの遠近感を強調した作品は「浮絵」として広まりました。こちらは初期浮絵に属する作品です。
田村貞信《浮絵中国室内図》元文-寛保(1736-44)頃
2章は「19世紀の浮世絵と中国 北斎の台頭から明治時代」。寛政の改革の後、江戸では中国小説の影響を受け、怪異性や伝奇性が濃い小説「読本」が人気になりました。
何でも描ける葛飾北斎は、「読本」の挿絵画家として大活躍。歌川国芳も「水滸伝」や「三国志」で人気を博すなど、庶民に中国文化が広まった背景に、人気浮世絵師の存在があったのです。
葛飾北斎の《唐土名所之絵》は、中国大陸全士を上空からとらえた圧巻の作品です。本作の広告では、中国の詩文や「三国志」などの古典を読む際に用いることを勧めています。
葛飾北斎《唐土名所之絵》天保11年(1840)頃
さまざまな背景を持つ英雄が数多く登場する水滸伝。中国で16世紀頃に成立し、江戸時代の日本で爆発的に広まりました。
なかでも歌川国芳が描いた「通俗水滸伝豪傑百八人之一人(一個)」シリーズは大ヒット。武者絵の第一人者として国芳の評価を決定づけました。
浪裡白跳張順は、もとは魚問屋を営んでいた泳ぎの達人でした。強敵である方臘の討伐戦では、敵の杭州城に水門から忍び込む作戦を決行。全身の彫り物から、その荒々しさが見て取れます。
歌川国芳《通俗水滸伝豪傑百八人之一人 浪裡白跳張順》文政11年(1828)頃
花鳥画などに漢詩を添えた浮世絵も、しばしば制作されました。
渓斎英泉の《張交絵 梅に雀図他》は、月下の梅にとまる雀と、その下には桔梗の花が描かれています。複数の絵や書を描く貼りまぜ絵の1図で、黒地に白で拓本のような漢詩の表現も、中国趣味を演出しています。
渓斎英泉《張交絵 梅に雀図他》天保14年~弘化4年(1843-47)頃
展覧会のメインビジュアルは、月岡芳年の《月百姿 月明林下美人来》です。
中国・隋の趙師雄は羅浮山に遊んだ際に、美しい女性と出会い、酒を飲んで談笑します。眠ってしまった趙師雄が目を覚ますと、そばに梅の木があり、実は女性は梅の精だった、というストーリーです。
月岡芳年《月百姿 月明林下美人来》明治21年(1888)3月
3章は「見立てと戯画 仙人も豪傑も江戸美人に!?」。浮世絵では、古典物語や故事伝説などの題材を当世風俗に置き換えて機智を楽しむ「やつし」や「見立て」が頻繁に行われ、中国の題材も楽しまれました。
《やつし七妍人》のオリジナルは、魏晋交代期に、竹林に会して清談にふけったとされる7人の隠士。図では女性に置き換えられており、右上の手紙を持つ女性から、時計回りで遊女、振り袖の町娘、母親か、武家、芸妓、やりて(茶屋のおかみか)、宮女です。
歌川豊広《やつし七妍人》寛政(1789-1801)前期
より素直に題材を滑稽に描いて笑いを誘う「戯画」は、19世紀半ば以降に人気を博しました。水滸伝の豪傑をパロディにした作品もあります。
上段の浪子燕青は、武芸に加え歌舞音曲にも通じた豪傑ですが、本図では風呂屋で騒動となっています。
下段の黒旋風李逵(画中では季起)は、2本の斧を操る色黒の大男。本来は傍若無人のキャラクターですが、図では器用に斧を使って木材を成形しています。
歌川芳艶《道外水滸伝 浪子燕青 黒旋風李起》安政6年(1859)2月
中国由来のテーマも貪欲に取り入れ、それぞれの解釈で作品にしていった浮世絵師たち。現代よりも中国文化が身近にあったことも、よくわかります。
江戸の人々と中国との意外な繋がりも感じられる、興味深い展覧会です。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2023年1月4日 ]