本展は、ニューヨークを拠点に、現代美術界で最も活躍しているアーティストのひとり、蔡國強(ツァイ・グオチャン/さい こっきょう、1957年、中国福建省泉州市生まれ)による、日本国内では7年ぶりとなる大規模な個展です。
上海戯劇学院で舞台美術を学んだ蔡は、1986年末に来日し、筑波大学、河口龍夫研究室に在籍。東京そして、取手やいわきに滞在しながら創作活動を開始しました。日本滞在中に、実験を重ねて火薬の爆発による絵画を発展させ、一躍、内外の注目を浴びるようになります。日本での約9年にわたる創作活動を経て、1995年以降はニューヨークに拠点を移し、世界を舞台に、創作活動を続けています。2008年の北京オリンピックでは、開会式・閉会式の視覚特効芸術監督として花火を担当し、その様子は世界中に中継され注目を集めました。
蔡は、中国の文化・歴史・思想から着想を得ながら、火薬の絵画、独創的な花火、ランドアート、インスタレーションなど、多義的な視点による作品で、現代社会へ一石を投じてきました。例えば戦争や武器に用いられる火薬の爆発を、絵画や花火という美術作品へ転じることにより、火薬の破壊力と平和利用の有効性の双方の視点を、蔡は私たちにしなやかに提示します。また、彼は人々の感性に訴えるダイナミックな視覚的表現と柔軟なコミュニケーション力により、美術界だけではなく幅広く多くの人々を魅了してきました。近年は、子どもや自然、エコロジーなどにも、より意識を高めています。
タイトルの「帰去来(ききょらい)」は、中国の詩人、陶淵明(とうえんめい)*(365-427)の代表作「帰去来辞(ききょらいのじ)」から引用しています。官職を辞して、故郷に帰り田園に生きる決意を表したこの詩は、現実を見つめ、己の正しい道に戻り、自然に身をゆだねる自由な精神を謳っています。泉州から日本を経てニューヨークへ渡り、華々しい活動を続ける蔡が、アーティストとして自由な創作を開始した日本という原点に戻るという意味が、タイトルに示されています。また、同時に人間としての原点への問いも含まれています。
本展では、日本初公開となる近年の代表作《壁撞き(かべつき)》のほか、横浜に取材した大規模な火薬による平面作品と、テラコッタによるインスタレーションが新たに制作され展示されます。蔡の作品は、動植物に象徴される自然と人間との共生、複雑な社会における人間性への問いかけなどの様々な読み方を促してくれます。それは、紛争や対立が絶えない現代にあって、示唆に富んだものとなるでしょう。
老若男女にかつてない驚きと発見をもたらしてくれる蔡國強の世界。今年の夏、見逃すことができない展覧会です。