現代美術作家、杉本博司は日本文化の本質的営みを「本歌取り」と捉え、作品制作を続けています。第2弾となる展覧会が松濤美術館にて開催中です。美術館を設計した白井晟一を尊敬する杉本氏は、建物そのものを「本歌」と位置づけ建築空間と作品を融合させました。
会場風景 第一展示室入口
白井晟一建築に展示される作品
第一展示室に入ると、いきなり大型の屏風が出現。地下なのに展示室は柔らかい光で満たされています。建物の中央は吹き抜けが通り、各階はガラスで覆われていますが、通常はクローズ状態。今回は開放され自然光の中で鑑賞できるという趣向です。
会場風景 第一展示室
窓ガラスからの自然光を背景に作品が並びます。写真の原型を発明したタルボットのネガを本歌取りした作品。写真発明初期のネガを反転させたポジとして今に蘇らせました。
タルボットのネガからポジを制作し、この作業を「本歌取り」と捉えた「フォトジェニック・ドローイング」シリーズ 調色銀塩写真 ベルナール・ビュフェ美術館蔵
天候によって光は変化します。内覧会の日は急な豪雨に落雷。そんな変化の合間、富士山が水面に浮かぶように床に映し出されました。
《富士山図屏風》 2023年 ピグメント・プリント 作家蔵
《富士山図屏風》は葛飾北斎《冨嶽三十六景 凱風快晴》を本歌とした初公開の新作。キービジュアルとしても利用され渋谷の駅前にも看板として登場しました。写真のようでいて絵画のよう、現実と虚構が入り乱れ、過去と現在、東洋と西洋を行き来する不思議な世界に誘われます。写真が現実の本歌取りとすれば、デジタル写真技術は本歌取りの在り方をさらに進化させているようです。
自らの作品を本歌に
「本歌」は自身の作品からも選ばれ、代表作《海景》を本歌とした《宙景》を制作。《海景》は古代人が見たものと変わらない普遍的な海をイメージさせます。その視点を宇宙に移し、宇宙視点の芸術制作を託されました。写真は自然の本歌取り。「自然」は「宇宙」の活動の本歌取りだと感じさせられます。
「杉本博司 本歌取り東下り」展展示風景 渋谷区立松濤美術館蔵
地球の掛け軸とギベオン隕石。隣は《海景》に触発されたアーティストに提供したジャケット。薄もやに包まれた水平線の見えない海景が選ばれました。
《海景》シリーズは「古代人が見ていた風景を現代人も見ることは可能なのか」という問いから生まれました。江之浦の海と水平線が杉本氏の最初の記憶。そこから江之浦測候所につながります。初出品の江之浦。「元旦」の1日だけ見られた原始の海。その水平線はくっきりと明瞭な直線です。加工することなく現れました。
杉本博司〈相模湾、江之浦〉 2021年1月1日 ピグメント・プリント 作家蔵
白井氏による書。「しゃたん」と読み「吐くほどの嘆き」という意味です。杉本氏が所蔵し表具を施しました。書は建築設計の妙に通じると考える氏は、白井晟一が晩年に設計した「桂花の舎」を買い取り江之浦に移築する計画を進めています。
白井晟一〈瀉嘆〉 昭和時代 紙本墨書 杉本博司蔵
「白井が生きていたら」と問いかける杉本氏の手で、本歌の建築の中に白井の書や建築模型が置かれ居心地がよさそうです。模型の中には書や天窓のある坪庭も見られます。
桂花の舎 移築案模型 2023年 設計:白井晟一 移築案:杉本博司 杉本博司蔵
杉本氏の原初の海景の地、江之浦へ移築。自身の意識の芽生えから「人類の意識の本歌」を探る壮大な旅の船出。この意識の連鎖の中に、自分自身の意識の芽生えも探ってみたくなりました。
移築が決まった江之浦の海
[ 取材・撮影・文:コロコロ / 2023年9月15日 ]
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