瀬戸内海の中部に浮かぶ百島(ももしま)。周囲約10km、人口520人ほどの小さな島に、柳幸典などによる現代アートの作品を常設で展示している「アートベース百島」があります。
「ART BASE百島」入口
百島は、住所でいうと尾道市(広島県尾道市百島町)です。島を訪れるには、尾道港から高速艇またはフェリーに乗船。百島の福田港まで、30〜40分ほどです。
フェリーにも「ART BASE」のラッピング
メインとなる施設は、旧百島中学校舎を再活用したアートセンター「ART BASE百島」。廃校になっていた校舎を、柳幸典がセルフビルドで協働者達と共に改修。2012年に開館しました。
「ART BASE百島」までは、福田港から徒歩10分ほど
現在、アートベース百島の鑑賞は、予約制のランチ付き鑑賞ツアーとして実施中。島に着くとまずランチを食べてからアート鑑賞、という流れですが、ランチを食べるカフェの壁面にも作品があります。
《十一眼レフちんかかと予期せぬハプニング》は康夏奈(旧作家名・吉田夏奈)の作品。百島の山道を歩き、海に潜った経験を踏まえ、一望できるはずのない架空の風景として描きました。
康夏奈は東京都現代美術館などにもコレクションされている作家ですが、2020年に44歳で亡くなっています。
康夏奈《十一眼レフちんかかと予期せぬハプニング》2012年
三階建ての校舎を活用した館内は、白一色のモダンな内装。現代美術の展示施設に相応しい、ニュートラルな空間です。
「ART BASE百島」館内
奥に進むと、注目作品のひとつである原口典之《オイル・プール シリーズ》。鉄製の水盤と廃油による作品です。
原口は1977年、ドイツのカッセルで4年ごとに開催される国際的な美術展「ドクメンタ6」に初めて日本人作家として選ばれ、《オイル・プール シリーズ》を出展。美術界に衝撃を与えました。
本作はART BASE百島の為に制作されたものです。窓から見える美しい空の景色が、漆黒の鏡面に映し出しされます。
原口典之《オイル・プール シリーズ》2012年
《バンザイ・コーナー》は、柳幸典の作品。万歳のポーズで並ぶのは、ウルトラマンとウルトラセブンの人形です。
鏡に映った人形たちは日本の国旗の形になっており、日本という国の共同幻想や劇場性を表しています。
柳幸典《バンザイ・コーナー》1991年
色のついた砂で作られた国旗がプラスティック製の飼育器(アント・ファーム)に入り、蟻が移動することで形が変化していく作品。柳幸典を代表するシリーズです。
国家の境界が、不確実でコントロールのできない蟻によって崩され、再構築されていきます。
柳幸典《ユーラシア》2001年
こちらも、蟻の移動を利用した作品。アメリカ美術のアイコンであるアンディ・ウォーホルの「Flower」が、美術史とは無縁の存在である蟻に解体されていきます。
柳幸典《Study for American Art - Flowers -》2012年
最上階まで階段を上がると、眼下には美しい百島の景色が。左手には対岸の造船所も見えます。
岩崎貴宏の《アウト・オブ・ディスオーダー(万物流転)》は、その造船所を左右対称にしてつくった作品です。山肌は綿とタオル、電波塔や造船クレーンの素材は、なんと髪の毛です。
岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(万物流転)》2012年
岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(万物流転)》2012年
体育館の大空間に展示されているのは、柳のイエール大学大学院での修了制作「ワンダリング・ミッキー」を、500本のドラム缶と共に再構成した作品です。
ネズミが走る弾み車の中にいるのは、アメリカ消費文明の象徴である自動車。化石燃料を消費し尽すまで走り続けます。
柳幸典《ワンダリング・ミッキー》1990年
続いて、徒歩5分ほどの「日章館」へ。閉鎖された旧百島東映劇場をアートで再生したプロジェクトです。
ここに常設展示されているのは、柳幸典《ヒノマル・イルミネーション》。100円玉を入れるとネオン看板が作動し、下半分が水盤に映り込むことで、日章旗、旭日旗、黒い太陽と姿を変えていきます。
日章館(旧百島東映劇場)
日章館 館内
柳幸典《ヒノマル・イルミネーション》2010年制作、2014年犬島から移設
最後の施設は、百島で47年間空き家になっていた古民家を改修した「乙1731-GOEMON HOUSE」。変わった名前は、施設に設けられた特大の五右衛門風呂から命名されました。
乙1731-GOEMON HOUSE
大広間を埋め尽くすのは、実際に戦地で使用された薬莢です。奥には鉄のスクラップを再利用して制作された大砲のオブジェ《Liberty C2H2》、手前は旧ソ連製のAK-47と米国製のAR-15を模した鋳物のマシンガンが向かい合います。
作者の榎忠は60年代後半から関西を中心に活動。70年代末から銃や大砲など兵器をモチーフにした独自の作品を展開しています。
榎忠「LSDF 020」 《薬莢》1991年- 《Liberty C2H2》2009年 《コルトAR-15 / カラシニコフAK-47》2000年-
格子の奥にも作品が。江戸時代の日本刀は百島の民家から見つかったもので、刀身には日本国憲法第9条が刻まれています。
柳幸典《籠の鳥》2018年
気軽に行ける場所とは言い難いところですが、現代アート好きならせひ訪れていただきたい場所のひとつ。鑑賞ツアーは事前予約制で、土・日・月のみ実施中。公式サイトからご予約いただけます。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2021年11月29日 ]