たばこと塩の博物館 外観
明治、大正、昭和という激動の日本に、杉浦非水というひとりのグラフィックデザイナーが存在しました。まだグラフィックデザインという言葉が普及していなかった当時は「図案家」と呼ばれていたようです。
本展はポスターや出版などの仕事を通して、図案家・非水が日本のモダンデザインのパイオニアとしてどのような歩みをたどったか、その道のりをたどる展示です。
本展第1章「図案との出会い」では、日本画を学び始めた非水がどのように図案家として目覚めたかがわかります。
こちらの作品は東京美術学校の卒業制作として描かれたものです。学生時代はこのような写実的で伝統的な日本画を描いていた非水ですが、黒田清輝を通じてアール・ヌーヴォーなどのヨーロッパのデザインに魅せられ、図案家としての道を歩みはじめます。
左:《孔雀》明治34年(1901)東京藝術大学 (前期展示)
第2章「図案の開拓者」では三越呉服店のデザインに関わり、当時ではあまり知られていなかった商業デザインの世界を開拓していく非水の活動の様子がわかります。
明治、大正時代、洋装本の装幀や雑誌の表紙は、画家たちの新たな表現の場でした。
そんな中で非水も多くの美しい装丁を手掛け、図案家としてのキャリアを積んでいきました。
非水が手掛けた装丁
こちらのポスターは当時流行の最先端にあった三越呉服店のポスターです。
非水は三越呉服店のポスターやPR雑誌を多数手がけ「三越の非水か、非水の三越か」とまで言われるようになりました。
《三越呉服店 春の新柄陳列会》大正3年(1914)愛媛県美術館
和装の若い女性と壁にかけられたアールヌーヴォー風の絵画や曲線で描かれた花々は、当時の和洋折衷の流行を感じることができ、とても愛らしいデザインです。
その他にも多方面からの依頼が来た非水は、三越呉服店以外のポスターも多く制作しました。
装丁や三越での仕事とはまたイメージの異なった、力強さを感じさせる作品もありました。
左から:《南満州鉄道株式会社》大正6年(1917)愛媛県美術館 / 《勧業債券売出 九月一日より十日まで》大正4年(1915)頃 愛媛県美術館 / 《勧業債券売だし 十一月廿日より十二月五日まで》大正9年(1920) 愛媛県美術館
第3章「自然に学ぶ-写生と図案」では、植物や動物を写生する中で図案を確立していった非水の学びが感じられるものでした。
非水は、1910年代から20年代にかけて図案集を刊行しました。
非水のデザインは単純な形で誰にもわかりやすく、親しみやすさが感じられるものばかりです。当時は「非水式」と言われるほど、それらは非水独自のオリジナリティにあふれるものでした。
『非水の図案』大正5年(1916)愛媛県美術館
これらは非水が植物をスケッチしたものですが、驚くほど細密で丁寧な描写です。これほどまでに詳細に観察し、スケッチしたからこそ、対象物の本質を見抜くことができ、単純な線や形で端的に表現できるデザインを生み出すことができたのではないでしょうか。
(手前)《非水百花譜》(昭和版) 愛媛県美術館 (奥)《非水百花譜》(大正版) 島根県立石見美術館
第4章「非水が目指したもの、のこしたもの」では、46歳で初めて渡欧した非水がヨーロッパのデザインに触れ、どのように作風を変化させていったのかがわかる展示です。
こちらはさまざまな企業のポスターです。渡欧前の絵本のような可愛らしいデザインに比べ、大胆で洗練されたデザインへと変遷してきました。それはアール・デコなどヨーロッパの最先端のデザインを積極的に取り入れていった結果です。
壁面ポスター左から:上:萬世橋まで延長開通 東京地下鉄道 東京国立近代美術館 昭和4年(1929)頃 下:科学の枠をあつめた地下鉄道 上野浅草間開通 昭和2年(1927)愛媛県美術館 / トモエ石鹸 大正15年(1926)東京国立近代美術館 / ヤマサ醬油 上下とも1920年代 愛媛県美術館
渡欧後も三越のポスターやPR誌の仕事の比重は少なくなりつつも続きます。
これらの作品は建物の直線を生かしたスッキリした都会的なイメージです。建物の角度が工夫され立体感が強調され、生き生きとした躍動感が感じられます。
壁面ポスター左から:《京城三越 新刊落成》昭和4年(1929)東京国立近代美術館/《銀座三越 四月十日開店》昭和5年(1930)愛媛県美術館/《新宿三越落成 十月十日開店》昭和5年(1930)愛媛県美術館
明治、大正、昭和と社会が目まぐるしく変化した時代に寄り添うように非水の図案は人々に愛されていました。また晩年の非水は多摩帝国美術学校(現・多摩美術大学)の創設に尽力し、教育者としての側面もあったようです。
風景や生活の中にあるグラフィックデザインは、私達の日々の暮らしの中にそっと溶け込み、時にはハッとした気づきを感じさせてくれるものです。
日本のグラフィックデザインの草分けであった杉浦非水のわくわくするような図案の数々を堪能することができた楽しい展覧会でした。
※前期・後期で展示替えを行います。(前期:9/11~10/10、後期:10/12~11/14)
[ 取材・撮影・文:松田佳子 / 2021年9月9日 ]
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