春夏秋冬の四季をともなう日本の景観は、古くから文学や芸術の題材として人々のインスピレーションの源となってきました。また近代になって開かれた海外への扉は、私たちに、その土地の気候風土によってつくり出された壮大な景観や人々の営みに触れる機会を与え、驚きと感動を提供してくれました。まだ見ぬ風景への欲求は、いつの時代も私たちを旅に誘うのです。
「旅路の風景−北斎、広重、吉田博、川瀬巴水−」展では、当館が所蔵する日本の木版画コレクションの中から、「江戸の風景」と「近代の風景」に分けて、時代を代表する4名の作家の作品をご紹介します。
「江戸の風景」では、江戸時代を代表する浮世絵師、葛飾北斎の《冨嶽三十六景》全46図と歌川広重の《東海道五拾三次》全55図を展示します。日本人の心のふるさと、富士山を望む各地の風景を描いた《冨嶽三十六景》と、江戸から京都までの東海道の宿場町の景色をユーモラスに描き出した《東海道五拾三次》は、浮世絵風景画を代表するシリーズとして知られています。ここでは両シリーズの競演を通して、江戸時代の旅路の風景や自然と共生する人々の営みを見ていきたいと思います。
「近代の風景」では、明治から昭和にかけて、風景画の分野で活躍した2人の画家、吉田博と川瀬巴水の作品を紹介します。洋画家として活躍した吉田博は、新版画の版元、渡邊庄三郎との出会いを経て、渡米からの帰国後、自ら木版画の出版に取り組むようになり、西洋の写実的な表現と日本の伝統的な木版技術を融合させた新しい木版画を生み出しました。日本画を学んだ川瀬巴水は、やがて版画家に転向して、日本各地の風景を詩情豊かに描き出し、北斎、広重と並び称される画家となりました。ここでは風光明媚な風景や何気ない日常にあらわれる一瞬の美の諸相を、木版画に新しい息吹を吹き込んだ二人の画家の作品を通して見ていきたいと思います。
北斎、広重、吉田博、川瀬巴水という4人の卓越した画家たちの心の琴線に触れた美しい風景や出来事を追体験することによって、旅から少し離れてしまった私たちの日常に、旅の感動や魅力を取り戻す一助となれば幸いです。